197話 たぬきの嫁入り
ぽこの手を引いて、祭壇の前へ並んだ。
いつの間にか、白いたぬきが立っていて、満足気に俺たちを見つめる。
「これより、ぽこ・ドラドと、オズワルド・ベルクマンの挙式を執り行います」
神が宿ると言われている常緑樹の枝を、俺たちの頭の上で払った。
「赤壁山の主様へ、かしこみかしこみ申し奉る。たぬきの若者が主様へ結婚のご報告と、誓いを立てます。どうかおいで願えませんでしょうか」
白い幼獣は現れない。しかし、気配は感じる。
もう一度呼ばれるが、出てこない。今度は笑い声が聞こえた。
「おい、オデ様」
「何ダ? 友達」
ふよふよと宙へ上がり、やや落ちてくるのはいつも通りだが、嬉しそうに笑っている。
「話を聞いてくれ」
逃げそうな素振りをする。
「花嫁菓子をやるから」
その言葉で、ようやく鏡の前で止まった。白いたぬきが咳払いをして話が続けられる。
「ここに永遠の契りを結ぶご神酒を賜ります」
三段の紅い酒器の一番上に、酒が注がれた。
「一つ目の酒は、我らのご先祖様への契りです。お二人が出会われたのもご先祖様のお導き」
先に俺が酒を飲み、次にぽこが飲み、最後に俺が飲み干そうとしたら、横から赤壁山の主が飲んでしまった。
「二つ目の酒は、お二人が力を合わせ、互いを思いやる気持ちへの誓いです」
今度も同じように、俺、ぽこ、赤壁山の主の順で飲んだ。
「三つ目の酒は、お二人の子孫繁栄への祈願です」
最後に赤壁山の主が酒を飲み干した。
「では、次に――」
粛々と儀式が続くが、ぽこ以外の何にも目に入らなくなっていた。
レナの結婚式のときに、この変わった真っ白の服の意味をぽこから聞いている。
「生まれたときに着る産着と、死ぬときに着る死装束、そして花嫁の服は同じです」
祝いの席に、何ていうものを着るのかと不思議に思った。
「純潔の証、そして、生まれ変わる気持ちで新しい家庭を作る決意の表れなんです」
ぽこは、押しかけてきたときから、その覚悟があった。
目の前の美しいぽこが、そんな覚悟を持って俺と一つの家庭を作ってくれるのだ。
見た目の美しさだけでなく、ぽこ自身に尊敬の念を感じる。
幸せにする。絶対に悲しませたりはせぬ。
ぽこの大きな目に、薄っすらと涙が溜まる。頬に伝い落ちるのを、唇で拭うと、周りからどよめきが起こった。
その音で、儀式の最中だったと気が付いた。
外に出ると、里のたぬきたちが並び、トンネルを作ってくれている。
そこへ一歩踏み出すと、鮮やかな紅葉の葉が左右から浴びせられた。
「王都の結婚式で見たでしょう? あれです!」
ぽこがはしゃいだ。
そういえば、やけに熱心に貴族の結婚式を見ていた。
「きっとこれからたぬきたちの間で流行るだろうな」
「新しもの好きですからね!」
花嫁菓子を配りながら、落ち葉の中を歩いていく。
トンネルの先はどこに続いているのだろう?
お社の前の広場を通り抜け、インマーグへと流れる川へ続いている。
木の向こうに湯けむりが見えた。
河原へ降りて、驚いた。
川の隣に岩を組んだ露天風呂があった。隣には小さな家が建っているし、他にも幾つもの柱が立っている。
レナの結婚式のときにも、たぬきときつねの化け合戦のときにも、なかったはずだ。
新しい木材の匂いに、まさかとぽこを見た。
ぽこが頷く。
「この温泉は、儂らの里をすくってくれた婿殿へのお礼だ」
ドン・ドラドが俺の隣で、一緒に露天風呂を眺めた。
「温泉宿をしたかったのだろう? 儂の手伝いじゃなくて」
ぽこを娶った感動と、目の前の光景に驚いて、声が出ない。
「おっさん、気に入ったか?」
ジョアンの声に続いて、たぬきたちが上目遣いで、俺を見ていることに気が付いた。
「あぁ! 最高だ!」
震える俺の声を聞いて、皆嬉しそうに腹を撫でる。
「ありがとう。大変な労力だっただろう?」
「とりあえず住めるようにはなってるが、ここから客室とかを作るのは自分で好きにやるといい。手はいつでも貸そう」
「呼んでくれよ! 血威無恨暗が駆けつけるぜ!」
「ところで、お式では誓いの口付けをしたんでしょう?」
レナの言葉に、お社に入れなかった里のたぬきたちがどよめいた。
「見たいわよねぇ! みんな!」
握ったままのぽこの手が、指をきゅっと強く握る。
白い雪帽子のような被り物を左手で取ってしまう。
ぽこのふわふわした髪が光りに当たって煌めく。
頭の後ろを手で支え、ぽこを引き寄せる。
晴れた空から、大粒の雪が降り始めた。
「たぬきの嫁入りだ!」
Fin.
長い作品でしたが、最後までご愛読いただき、ありがとうございました。
ぽことオズワルドいかがでしたでしょうか。
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おまけで、ジョアンが主人公の短編があります。
よかったらお読みください。リンクは下にあります。





