196話 ぽこがお社で
一人で丸湖様を目指して赤壁山を登る。
背中には、ぽこから借りた風呂敷リュックを背負い、歩く度に家財道具が擦れる音がする。
三日もインマーグで足止めをくらったが、その間にできるだけたくさんの家財道具を詰めてきた。
もうたぬきのお面無しでも結界の中に入ることができるし、入り口が見える。
今は快晴だが、灰色の分厚い雲が山の上から降りてきている。
こいつぁ、一波乱あるかもしれんぜ。
俺の見立てでは、こういうときには雪が降る。
門戸のない門を二つくぐり、里が見渡せるところまで来たとき、金毛邸からレナが出てきた。
「おじさーん!」
嫌な予感しかしない。
大喧嘩してぽこが仲裁に入らねばならないはずのレナが、どうして金毛邸から出てくるのだろう? 髪が乱れるのも構わずに俺まで走り寄る。
「何があった⁉ ぽこは⁉」
「早くお社へ! 間に合わなくなっちゃうわ!」
お社⁉
まさか、そんな⁉
風呂敷リュックをレナに渡して、全力でお社へ向かう。
レナと花婿が乗った籠を担いで上がった山道は傾斜がきつい。
何匹ものたぬきの新しい足跡をたどる。
ぽこと俺を引き離している間に、ジョアンと結婚させようって魂胆か⁉
いくらなんでも、ぽこの意見を無視して、そんなことはすまいとは思いながら、状況がそれを否定してくる。
息が切れる。心臓が爆発しそうだ。
お社の広場に着いたら、多くのたぬきが集まっていた。
「オズワルドさん! 遅いよ!」
「早くはやく!」
汗を拭う余裕もなく、たぬきたちをかき分けて前へ進む。お社の中から結婚式のときに聞いた音楽が聞こえてきた。
くそ! やっぱりか!
お社まで来たら、正装した人間姿のぽこの兄弟たちが中にいた。
皆、肩で息をする俺を見て驚いている。
「オズワルド殿! お社の中には!」
親族以外入ってはいけないと言われていた社に踏み入る。
結婚の約束を交わした女が違う男と強引に挙式させられるっていうのに、慣習なんか糞喰らえだ!
「ぽこ‼」
俺に驚いたたぬきたちが、道を開けてくれた。
丸い鏡が祭壇に飾られ、三段の紅い酒器が置いてある。
「旦那様!」
背後の入り口の方からぽこの声がした。
勢いよく振り向く。
どこだ⁉
姿は見えない。焦る俺に皆から声がかかっているが、余裕がない。
「おっさん待ってたぜ!」
ジョアンが脇から出てきて、俺の背を思いっきり叩いた。
「お前!」
思わず掴みかかりそうになり、ジョアンが泣きそうな顔で笑っていることに気が付いて止まる。
「主役の登場だぞ!」
皆が笑顔で、歓声を上げ、俺に抱きついたり、ジョアンを真似て背を叩く。
どういうことだ?
通路から、黒い正装を着たドン・ドラドが現れた。後れて、手を引かれて現れたのを見て息を飲む。
雪のように白く煌めく服を着たぽこだった。頭に大きな白い帽子を被っている。
あれは、レナが結婚するときの服と同じだ。
花嫁姿のぽこは、夢のように美しい。
一歩ずつゆっくり近づくぽこに見惚れる。
目の前まで来ると、ぽこは恥ずかしそうに目を伏せた。
「婿殿。ぽこをお任せしたい」
ドン・ドラドに言われて、やっとことの次第に気が付いた。
信じられない。
俺は、ドン・ドラドに騙されるまいと躍起になっていたのに、本当は俺とぽこの結婚式だったとは!
「おっさん、服」
横からジョアンにせっつかれて、ようやくぽこから目が離せた。
「オズワルド殿は、ぽこ様に見惚れておるぞ!」
誰かの言葉に、一堂が笑う。
ドン・ドラドの服を見て、見慣れぬそれを真似して化け術を使った。
言われたように、外で気分転換しただけで化け術が楽に使えるようになっている。
ドン・ドラドが俺を見て頷き、ぽこの手を俺に引き渡す。
小さなその手が、重く感じる。
「ぽこを頼むぞ」
ドン・ドラドの言葉を、ぽこと見つめ合いながら噛みしめる。
「はい。ぽこは必ず幸せにします」





