表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たぬきの嫁入り4  作者: 藍色 紺
第18章 試練の先に得たものは
41/45

193話 ぽこと婚前旅行

 中距離程度の旅装を整えて、ぽこと二人で赤壁山をまずは下っている最中だ。


 ことの発端は、昨日の朝に起きた。

 相変わらず化け術の調子が上がらないまま、ドン・ドラドと話してから数日が経ち、朝食後の中座敷に呼ばれた。


 ドラド一門が揃って朝食を取る時間は、なかなかに見応えがある。

 それは、朝食後に出される命令によるところが大きい。

 今日の俺のように、名を呼ばれるところから始まる。


「オズワルド殿、ぽこ、こちらへ」


 最近は婿殿と呼ばれることの方が多いが、今日は名前で呼ばれて、身が引き締まる。

 何か公的なことを伝えるつもりなのだろう。


 のんびり食べていた一部の奴らが、何かが起こることに気づいて手早く朝食を掻き込む。その前を、ぽこと一緒に通過する。

 今朝は人間姿に化けることができた。尻尾も出ていない。いい具合だ。


「ぽこ様との結婚話じゃろうか?」


 誰かのひそひそ話が聞こえてくるくらい中座敷は静まっている。


「この手紙を(とり)の丘にいる弟に届けて欲しい」


 厚手の葉に、足音が一つ押されただけの手紙が畳に置かれた。


「長らく互いに挨拶できていないから、結婚の挨拶がてら行ってきてくれ。婚前旅行だぞ。どうだ?」


 一体何の罠だ?

 酉の丘と言えば、赤壁山を挟んで向こう側にある。麓近くまで下山してから登り直す。のんびり行けば往復三泊程度の旅行になるのは確かだ。


「酒が有名な村だ。きっとおっさんも気に入るぜ」


「土産は樽酒がいい!」

「新酒の時期だな!」

「まだ早いんじゃないか?」

「そんなことないだろう?」


 背後からジョアンの声がかかると、緊張が緩んだ他のたぬきも口々に酒の話をし始めた。

 騒いでいる皆を暖かい目で見まわしながら、ドン・ドラドが俺に身体を傾ける。


「外の空気を吸って気分転換してくるといい。ここだと何をしても目立つから気疲れしているだろう」


 囁いた上に、片目を瞑って合図をされる。気味も気色も両方悪い。

 ドン・ドラドの企みは分からないが、ぽこと二人だし、知らぬ場所でもなく、仕事と割り切ることにする。


「お役目ありがたく仰せつかります」


 木の葉の手紙をポーチに入れて、話を続ける。


「帰り道にインマーグに寄って、元の家を処分してきます」


「おぉ、そうか。わかった。急がずゆっくりしてくるといい」


 頭を下げて中座敷から下がった。



 そんなわけで、今朝たぬきの里を出発した。

 今朝は化け術の調子が悪く、耳も尻尾も出たままだったが、冬山を歩くためにどちらも厚手の防寒具で隠れて見えない。

 見送りに出てくれたジョアンやぽこの兄弟と別れ、結界から出てからは気楽なものだ。

 気が付くと、意識しているわけでもないのに、尻尾も耳も消えていた。


 化け術も上手くいき、気分がいい。足取りも軽く、自然と歩がよく進んだ。

 予定を昼すぎに踏破して、インマーグの家の傍を通る川の上流で魚釣りもしたし、ぽこが釣った魚で腹も満たされている。

 ぽこが葉っぱ集めをし始めて、俺も久しぶりに武器を研ぎ、ついでに素振りをする。

 切れた息が落ち着いてから、ぽこを目で探す。

 午後のひだまりの中、たぬき姿でうたた寝をしていた。

 殆ど横たわっているのに、上半身だけ起こして無駄な抵抗をしている。


 実家では、のんびりすることのないぽこだから、こういう姿を見るのは久しぶりだ。

 悪戯を思いついて、たぬき姿になる。これも上手くいった。

 ゆっくり近づくと、丸みを帯びた耳だけが、こちらを向いた。俺に気づいているが、まだ覚醒はしていない。

 背後から勢いよくのしかかる。俺を無意識に抱きとめて、勢いを殺せずにそのままコテンと横になった。

 たぬきの耳の後ろ側から首元へと鼻先を埋めて甘噛みする。人間のときよりも強烈にぽこの匂いと毛の味を堪能できる。

 たぬきなら、体格差があっても押しつぶすほどではないっていうのも気楽だ。


 調子にのって仰向けにひっくり返し、胸元のモフモフに鼻を突っ込んだら、さすがに目が覚めたらしい。


「あン。旦那様、まだお昼ですよ」


 前脚で抱えられ、耳に噛みつかれた。それが痛かった。

 ばつが悪く、身体を離して身体を起こす。


 きゅ~っ ぽん!


 ぽこが人間姿に化けてしまうのは、人間姿の俺の方が理性を保ちやすいと知っているからだろう。

 仕方なく、分別ある人間のおっさんに俺も化ける。


 婚前旅行なのなら、こういうのがあってもいいのではないか?

 ぽこは押しが強いくせに、どうやら押されるのには滅法弱い。照れて、避けられる。

 そういう初心な反応が可愛いような、もどかしいような、今のはちょっと傷ついた。


「旦那様、どうぞ」


 ぽこが、俺を呼んだ。振り返ると、短いスカートの裾を気にして、手ぬぐいを太ももの上に広げ、俺に頭を乗せるように促す。

 ぽこはぽこで、俺との新しい距離感について試行錯誤しているらしい。

 腹で蝶々が羽ばたく。


 ぽこの太ももに頭を乗せた。

 上半身は痩せぎすかだが、ぽこの太腿は弾力があり、いい気持ちだ。


 極上の柔らかさを堪能しながら、日向ぼっこをする。

 柄にもなく鼻歌が出てしまう。


 見上げると、ふわふわした金の髪から陽光が透けて見えた。神々しい一束の髪へ、思わず手を伸ばす。

 気づいたぽこが触りやすいように頭を下げてくれた。


 髪を手で梳いて、後頭部を撫でる。ぽこが気持ちよさそうに目を細めた。

 腹で蝶が羽ばたいたからか、身体が軽くなった気がする。


 ドン・ドラドが指摘したように、どうも気が張っていたらしい。罠が張られていないか警戒続けるのは疲れるし、立派だとか英雄だとか言われるのにもうんざりだ。


 俺はどこまでもただのオズワルドでいたい。

 ベテランさんでも、赤派でも、婿殿でもない。


 何もなくともこの幸せがあればいい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お読みいただきありがとうございます

おいしい食べ物を通して、人と人の反応が生まれる瞬間――
そんな場面を書くのが好きです。
あなたの楽しみになるよう、更新していきます!


bizgg6qccafulxhy3du9mafehft3_gcb_ic_uk_98ii.png
『たぬきの嫁入り 短編』へ



〇 更新情報はX(旧Twitter)にて

▶https://x.com/aiiro_kon_



〇 ご感想・一言メッセージをどうぞ

→ マシュマロ(匿名)
https://marshmallow-qa.com/ck8tstp673ef0e6



〇 新しい話の更新をお届け

こちら ↓ で、『お気に入りユーザ登録』お願いします。
(非公開設定でも大丈夫です)
▶▷▶ 藍色 紺のマイページ ◀◁◀




いいねや反応を伝えてもらえると、
新しい物語の活力になります☺️


本日もお読みいただき、ありがとうございました。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ