192話 ぽことの住処
たぬき姿で、風月廬の畳の上で身体を丸めている。ぽこと向かい合い、互いの腹に鼻先を突っ込み、すはすはと匂いを嗅ぎ合う。
「今日は知らない匂いがするな」
「レナの結婚式で使った物の手入れが終わったので、蔵に片づけたんですよ」
匂い一つでこんな話ができるようになったのも、たぬきになったおかげだ。
プロポーズし、親父さんから表面上は結婚の許可が下り、種族差も埋まった。
表面上、結婚へ向けて何の障壁もなく、ぽこが甘えてくるのが心地よい。
幸せの真っ只中のはずが、そわそわしちまう。
「結婚したら、どこに住もうか?」
次にドン・ドラドがどんな手を打ってくるかわからない。
化け術に自信が持てるようになったときに、即時に行動に移せるように今から相談しておくのはありだろう。
「ここじゃ駄目ですか? パパも里で暮らしていいと言ってたんですよね?」
さすがはたぬき親父。早くもぽこを懐柔しにかかっているらしい。
「ここもいいね。ぽこは親父さんから独立したいんじゃなかったかい?」
ぽこが俺の腹から顔を上げた。たぬき姿でも、顔を輝かせているくらいはわかる。
「そっか! 自分で好きに決めていいんですね!」
「そうだよ。どうしたい?」
ぽこが、里の中でお気に入りの場所をいくつも挙げ始めた。
「あぁ、やっぱり川の近くがいいです。池の真横で住んでいたから、水辺の近くが落ち着くんですよね」
なるほどインマーグの俺の家が気に入ったはずだ。
「春になれば田植えがあります! 水を張った田にはカエルがたっくさん出てきて取り放題なんですよ!」
「それは楽しみだな」
カエルをいたぶるのがぽこの趣味である。
本人は跳ねる仕草や丸い目が可愛いと言っているが、咥えて運ばれた末、逃げ惑う様子を真似されて、カエルにとっては、死に物狂いの大脱走と言えよう。
いくつも候補を教えてくれるが、ぽこの案にインマーグは一度も出てこない。
なら、やはりここで暮らそう。
一度インマーグに戻り、家を引き払う必要がある。雪が降る前がいいか、それとも春がいいか。
妖精女王が来たときには、かなり寒さが厳しかったが、ここのところ小春日和が続いている。例年にない暖かい日が続いている。
「そういやぁ、オデ様が」
「主様ですよ。旦那様」
ぽこが、俺を嗜める。
「オデ様が、寒さがマシなのは、オデのおかげと言っていたな。ありゃあ、食いもんを要求するためなら、何でもこじつける」
相変わらず白い幼獣は我儘放題言っているらしい。そういうところがオデ様なのだ。
社に食べ物を献上している噂が山の生き物に広まって、日々様々な生き物から献上品が届いている。だが、最も多く我儘を言われているのは他ならぬたぬきだ。
ぽこや俺を呼びつけ、行ってみれば、格段用事はないと言う。
「ありゃあ、母親が恋しいんだろうよ」
「沢山いたお世話係のノームたちは呼ばないんでしょうか」
「聞いてみたさ」
ノームさえいれば、たぬきたちの苦労も減るというものだ。
「あのノームは母親のものらしい。独り立ちした主にはついてこないと言っていた」
「オデ寂しくない。たぬきイル。友達も」こう言われてしまえば、用事がなくとも呼ばれる度に顔出しに行ってしまう。
俺が他人の世話を焼くようになるとは。ぽこが俺を変えたのだ。
「家の大きさはどうしましょう?」
「最初から増築できるように考えりゃあいいさ」
「増築? あ! インマーグの家!」
ようやく思い出したらしい。
「折を見て売ってくるさ」
ぽこが首を傾げて不思議がる。
「化け術ってのはなかなか難しいってのがわかったからな。それに、俺たちの子だから、絶対にやんちゃだろう? インマーグの街の近くでは住めぬだろうよ」
ぽこの口がぱかりと開いた。
たぬきになってから、この話題に触れるのは始めてだ。諦めていた夢に再び火が灯る。緩やかな火によって蝋燭が融けるように、じわりと喜びが広がった。
「ふふふ。そうですね。雪玉を盗んで怒られてしまいます」
同意の代わりに、ぽこの口元から耳までを舐め上げた。





