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たぬきの嫁入り4  作者: 藍色 紺
第18章 試練の先に得たものは
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191話 ぽこの親父さんからのご褒美話

 たぬき姿では足裏が思うように拭けず、足を洗う桶に足を突っ込んで、ぶるぶると震わせる。水気が飛んだところで奥座敷へ続く廊下に上がった。

 とことこ歩いていると、背後で驚く声が挙がった。


「誰だ⁉ 水のついた脚で上がったのは」


 とんだいたずらっ子のように言われ、振り返ると、俺の肉球型の水たまりが点々とついてきている。


「すまん。後で拭いておく」


「オズワルドさんでしたか。構いません。やっておきます」


 叫んだたぬきが、俺を見て怒りを解いた。


「ありがとう」


 化け術に不慣れな俺に、皆が優しくしてくれるのが、余計につらい。

 人間よりも人間らしい生活を重んじる彼らと一緒にいると、たぬきになった今の方が大変だ。



 奥座敷に入る手前、襖の前で、嫌な予感がした。

 前回、ここに呼ばれたときにはとんでもない目に遭わされた。

 初夜見物だと称して、ジョアンとさせられそうになったのを思い出す。

ぽこのいぬ間に俺一人を呼び出すなぞ、どうせ今度もロクな話しではないだろう。


 覚悟してから中のドン・ドラドに声をかける。


「オズワルドです」


「おう! 入れや」


 前脚で襖を開けて中を見たら、たぬき姿のドン・ドラドがいた。

 黒い毛に、でっぷりとせり出した腹がたゆたう。立派な睾丸が主張し、我が目を疑う。


「ははは。この姿は初めてだったか」


 視線を落とされたところまで歩み寄り、クッションの上に犬のようにお座りをした。

 ドン・ドラドが皆に慕われているのも、その仕事ぶりも知っているが、たぬき姿の貫禄は人間のとき以上だ。

 これが里長というものか。


「婿殿に助けて頂いたのは二度目だな。皆感謝しておる」


 白銀の王と妖精女王のことだろうが、どちらも異例中の異例の事件だとぽこは言っていた。


「娘可愛さとはいえ、儂がいらぬことをして、婿殿をたぬきにさせてしまった。申し訳ない」


 立派なたぬきであるドン・ドラドに謝られてはかなわない。

 今度はこういう作戦なのだろう。

 里長であるドン・ドラドが頭を下げて、俺に頼み事をする。たぬきになった俺はドン・ドラドの頼みを断り難い。まさに弱点を突いている。


「元よりたぬきになるつもりでしたから。これでぽことの間に子供も望めます」


 先制攻撃を仕掛ける。


「もし、古の薬でたぬきになったら、この里で暮らすつもりだったのか?」


 想像せぬ方向からの返しに、気の利いた返事ができない。


「インマーグに帰れば、贅沢しなけりゃ家族を養えると思ってました。化け術がこんな難しいとは知らなかったもので」


 ちらりと脳裏に将来の夢だったものが浮かんだが、それとて、化け術を使えるようにならなけりゃできぬ。


「この里で暮らすのは嫌かね」


 ドン・ドラドの意図が掴めない。どんな罠が潜んでいるのか慎重に探り当てねばならず、強面の顔が柔和なことにも戸惑う。


「いくら儂らが人間の真似をしようと、所詮は真似事だからな。妙ちきりんなのは笑ってゆるして欲しい」


 寝巻のズボンを帽子にしていたたぬきを思い出す。本人には悪いが、あれはさすがに思い出すだけでも面白い。

 思わず微笑んでしまった。そして、肩の力が抜けた。


「ここは美しいですね。居心地もいい」


 ただ、俺が化けるのが下手なだけで。


「ならこれからもここで住めばいい。なに、元人間だろうと、今じゃ里を二度も救った英雄たぬきだ。皆、文句もあるまいて」


 これが本音か? それを言うために呼んだのだろうか?

 だとすれば、ドン・ドラドがたぬき姿で俺を呼んだのは、たぬきとして迎えるという気持ちを表したものだろうか?

 いや、相手はたぬき親父だ。


「儂とて、ぽこが近くにいる方がいい」


 これは本音だろう。誰かを騙すには、本音を混ぜるといいものだ。


「それで、何か欲しいものはないかね」


 なるほど。望むものを与えるからぽこは諦めろと言いたいわけだ。なかなかせこい真似をしてくれる。


「ぽことの結婚を認めて頂ければ、それで十分です」


 ドン・ドラドは顔をしかめた。


「嫌らしいことを言うな。それはそれ、これはこれだ。何か一つくらい欲しい物があるだろう?」


「う~ん。特に有りません」


褒美なんてものはいらない。ひどい目に遭ったばかりだ。欲しいものは自分で手に入れる方が断然よい。

もう懲り懲りってやつだ。


「儂に何かやると言われて断るやつはいない」


 ドン・ドラドの語気に怒りが混じり始める。ドン・ドラドは策士ではあるが、短気だ。


 適当に酒でも答えようかと思ったが、そんなまずい酒は欲しくない。

 黙ったまま睨み合い、ようやく思いついた。


「俺よりぽこに何か」


「儂はお前に聞いている」


 こりゃ、駄目だ。このままだと喧嘩になっちまう。

 ふへーと腹の底から疲労の詰まったため息を吐く。


「可愛げがない婿ですみませんね。どうも俺は偏屈でして、誰かの好意に甘えて、己を堕落させるのが嫌いなんですよ」


「本当にややこしい男だな!」


 睨み合っていたドン・ドラドの顔が解れた。口で罵りながら、むしろ喜んでいるように見える。


「金を貯めていたと聞いているが、何が目的だ?」


「あぁ、あの金は温泉宿を買うつもりでした。年取って冒険者はできませんから」


「ほぉ、温泉宿?」


 ドン・ドラドは食いついて来た。いくらドン・ドラドと言えど、ない袖は振れぬというもの。この話題は気楽なやつだ。


「俺の生まれ育った村には温泉がありましてね。駄賃欲しさによく風呂掃除やら客室掃除やらやったもんです。要領はわかってるし、ぽこも料理上手ですから、二人でやれると踏んだわけです」


「なるほど。わかった。もう行っていい」


 我ながら大きなものを引き合いに出したものだ。

 ドン・ドラドはまた何か手を打ってくるやもしれないが、その前に結婚したい。

 俺もたぬきになり、ぽことの間に障害は何もないはずなのに、結婚話は進まない。

 化け術に自信を持てるようになったら、ぽこに結婚に向けた話しをしようと意気込んでいるが、あのザマである。


 奥座敷から退出して、廊下にある大きな姿見でたぬき姿の己を見る。

 黒い毛皮で、身体が大きい。人相の悪さはたぬきになっても健在だ。

 俺とドン・ドラド、それにジョアンでも並べば、たいていの人間は逃げ出すだろう。


 これまでぽこばかり見ていたから、たぬきになればもうちっと愛らしくなるかと思ったが違った。

 腹を撫でながら気合を入れて人間姿に化けてみる。

いかついおっさんにたぬきのまるい耳が残り、脱力した。


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