190話 ぽこと化け術
とてとてとて
己の足音がぽこと同じで戸惑ってしまう。
木枯らしに汁物の香りを感じ取り、今日の夕食にはたぬき汁(たぬき無し)が出るとまでわかる。
たぬき姿になってから五感が研ぎ澄まされて、今までわからなかったことまで探知できるようになった。
風月廬のにじり口が開く前に、そちらを振りむく。人間姿のぽこが小さなにじり口から出てきたのを見上げた。
いつもなら俺がぽこを見下ろし、ぽこが俺を見上げる。たぬきになった今では逆である。
この角度から見るぽこも愛らしいと感じるのだから、この病も末期だ。
「旦那様、収納力アップの化け術がうまくいきました!」
ぽこが、いつも俺が腰に巻いているポーチを返してくれた。
「これで葉っぱを入れられるな」
高度な化け術だというその術を使える者は少ないらしいが、たぬき姿だと持ち運びできる量は知れているから、これが大変便利だ。
「そうですね。化け術の練習には、大量に葉っぱを使いますから」
「うぅむ」
曖昧に返事をして、人間姿を思い浮かべて化け術を使ってみる。
どろ~ん
爆発音はたぬき個別の物らしく、俺のはおどろおどろしい音がする。
「上手です!」
ぽこは褒めてくれたが、ふさふさした尻尾が残ったままだ。耳と尻尾を消すのが一番厄介で、何度も練習してなんとか人間に化けられるようにはなったが、完全な姿とはいかない。
尻尾には、たぬきのアイデンティティーを感じてしまうから、どうもうまくいかない。
「化け術ってのは難しいな」
「大人になってから練習しているからかもしれません」
子だぬきたちは、柿を取ったときのように遊びやお手伝いの中に化け術を取り入れている。上手なのもいれば下手なのもいるが、互いにそれを認め合って補っているから、格段問題はないらしい。
だが、俺の場合は違う。元人間として自在に化けたい。
なかなか思ったようにはできずにいるところだ。
なるほど、王都でぽこが様々なプレッシャーを感じて化け術がうまくいかなくなったとき、自暴自棄になったのも、今なら理解できる。
化け術を使いこなすのは沽券に関わる問題だ。
妖精女王は、俺が狸になったことに満足し、うるさい七羽のうさぎと一緒にすぐに帰ったという。
俺が目が覚めた後、たぬきたちは大喜びし、感謝してくれた。
「これで結婚待ったなし!」
「入り婿か⁉」
「金色のぽこ様に黒毛のオズワルドとなれば、何色の子が生まれるだろうね?」
「金だろ!」
「黒の方が多いだろうて」
「じゃあ、賭けようじゃないか」
「さぁ! 張った張った! 金か、はたまた黒か? 二人の子供にはどっちが多く生まれるか⁉」
いつものが始まって、ようやく日常が戻って来た。
ここからが、俺の化け術との戦いである。
ドラド一門は毎朝、中座敷で揃って朝食を取る。人間姿で。
人間じみた家に住み、人間の服や文化を真似るのが彼らの風流なのだ。
だが俺は、あの日はどうやっても人間に化けられなかった。
だから、化け術が身に着くまでは風月廬でぽこと食事をすることになった。
化け術が下手でも誰も気にしないのだが、俺が気になる。
突然たぬきになり、まだ馴染めていない。
驚いたあまり失神するたぬきらしさが俺にもあるやもしれぬ。
たぬきの愛嬌だと受け入れられない。心は人間のままなのだ。
それで、化け術の特訓をしているというわけだ。
金毛邸に今日の仕事に行ったぽこを見送って、俺も仕事に取り掛かった。
隠せぬ尻尾をそのままに、せめて何かの役に立ちたくて、金毛邸の分の薪を割る。
既に風月廬の分は終わってしまっている。どれほどこの仕事に専念しているかが、うず高く積まれた薪から一目瞭然だ。
使い古した手斧を上げた途端に、爆風が上がった。手斧が吹き飛ばされて、たぬき姿に戻った俺の元へ回転しながら落下してくる。
「うわっ」
危なく俺の愛らしい後ろ脚が三本になるところを避けた。
これだから油断ならない。化け術を保つコツが掴めない。
そう考えると、化け合戦で相手チームから化け術に優れたものを選ぶ気持ちはわからいでもない。素晴らしい化け術は見るだけでも楽しい。
「婿殿」
ドン・ドラドの声がして、金毛邸の方を見た。中座敷と奥座敷の渡り廊下からこちらを見ている。
「そのままでいいから、奥座敷に参られよ」
それだけ言い置いて、先に奥座敷に戻って行った。





