189話 ぽこと褒美
「献上品を用意したそなたにも、何か褒美をとらせようぞ」
お付きのうさぎたちがひれ伏し、自慢の耳を垂らしている。
妖精女王は無表情を保っているが、彼らの様子から大変ご立腹であることはわかる。
気温が下がりすぎて、深呼吸すると咳が出るほどだ。
「人間よ」
「何を」
「望む?」
「思い浮かべよ」
「妖精女王様は」
「心を」
「見透かせる」
思い浮かんだものがあったが、あれは、飲んだ者の命を取りかねない。
俺はぽこと二人で生きる道を選んだのだ。
「種族変更の薬?」
うさぎが顔を上げて俺を見る。耳が立った。
まずいぞ。
「何が」
「まずい?」
心を見透かせるというのは本当らしい。
種族変更の薬を望んで、飲まされないはずがない。
褒美と偽った罰なのだ。
あっさり殺すより、いたぶり、苦しむ様を見ようってことかもしれぬ。
目でぽこを探す。ジョアンに肩を掴まれ、顔は蒼白だ。手には灰色の筒が握られている。
何度押しても、赤壁山の主は姿を現しそうにない。
「怖いのだな?」
「薬を飲めば苦しみ」
「もがいた末に」
「人相が変わって死ぬと」
七匹で一回りし、喜んだ。
喜んでいるのは、一回りしたからだけではないだろう。妖精女王の気持ちを写し取っている。
同じばあさんでも、妖精女王はぽこのおばあさんとは大違いだ。
現役と引退の違いもあるかもしれないが、ぽこのおばあさんなら、他人を困らせて喜んだりはせぬだろう。
そういえば、ぽこのおばあさんは何と言ったのだったか。
「せめてもの温情」
「種族変更なぞ」
「薬に頼らずとも」
「妖精女王様が」
「変えてくださる」
七匹が言葉の途中で引き笑いをした。意地の悪い笑い方だ。
「それで」
「何になりたい?」
「たぬきにだけはなりたくない」とおばあさんは言ったはずだ。
「たぬきの里にいるくせに」
「たぬきになりたくない」
「興味深い」
「望み通り」
「人間から」
「たぬきに」
「してくれよう」
雪崩に巻き込まれたかのような衝撃を受けた。
一面真っ白で視界も利かず、腕で顔を覆う。息が苦しい。
衝撃を受け止めきれずに、膝をつき、そして、四つん這いになる。
「ぽこ!」
知らぬ間に声が出た。
「旦那様!」
ついには畳にひれ伏し、僅かに持ち上がる腕をぽこに伸ばした。
俺の手を取るぽこが珍しく温かく感じる。
息すらできぬ苦痛の中、心だけは安堵した。
己を突き抜けていく幾度もの雪崩のような感触にうめき、意識が薄れる。
この身がどうなろうと、最後はぽこと共にいたい。
「旦那様、しっかりしてください!」
ぽこが俺を抱きしめる。
これはいつだったか、あぁそうだ。ぽことたぬきの里の花見に来たときに見た幻影と同じだ。
「ぽこを置いて逝かないで!」
まさか、こんな早くに別れることになろうとは。
まだ結婚すらしていない。
結婚――。
まだだ。
まだ死ねない。
ぽこの手を握り返し、生の岸壁から離れようとする魂を、この世にしがみ付く
ぽこの温もりだけに執着する。
❄
目を開けたら、たくさんのたぬきが俺を覗き込んでいた。
俺を膝枕してくれているぽこの顔がやけに遠くに見える。
「旦那様!」
「おっさんの目が覚めたぞ!」
どこかでジョアンの声がする。
わんわんと耳鳴りのする頭を起こした。
「あぁ、よかった! あのような意地の悪い試練を出したのが間違いだった」
ドン・ドラドが、ぶっとい腕を伸ばして俺を抱き上げる。
まるで軽いものでも抱く調子に、多いに焦った。
しかし、あっさりと抱き上げられた。
まるで、俺がたぬきのぽこを抱き上げるときと同じように。
嫌な予感がして己の姿を見た。
まずは左手。ぷっくりした肉球が五つ。後ろ脚の間からは、立派な尻尾が見えた。
「もしかして、俺……」
「たぬきになったんですよ」
ぽこが俺の頭から背を撫でた。





