188話 ぽこと探し物
さて、あれは盆に溶けて、それからどうしたっけな?
顎鬚を撫でながら、廊下で見守っているたぬきたちに混じった。
ジョアンに離してもらったぽこが、俺の腕にしがみつく。
「旦那様! どうしていつも一人で抱えて!」
ぽこが怒るのももっともで、言い訳すら出てこない。
涙目のぽこの頭を撫でてやると、手が当たった耳がピルピル震える。
「ありがとよ。お陰で助かった」
小刻みに幾度も頷いた。手には赤壁山の主のお呼び出し魔道具が握られたままだ。
撫でる内に、ぽこの身体に入っていた力が抜けてきた。行動の前に相談できなかったことへの怒りが、ある程度収まったのだろう。そう思うことにして、続きを話し始める。
「それで……。ゴーストアップルが溶けた水はどこへ置いたっけな?」
「パパにいらないと言われて、持って下がりましたよね。でも、捨てるわけにもいかなくて」
「そうだ。自然の恵みなのだから、自然に帰すべきだって話になった」
妖精女王が探すようなありがたいものだから、盆に入れたまま放置するわけにいかず、何か入れ物に入れて放置し、自然に蒸発するのを待つことにした。
「探しましょう!」
二人で前座敷から中座敷へ移動すると、後ろから赤壁山の主がふよふよついてくる。七羽の内の三羽、そしてドン・ドラドを筆頭にたぬきたちと、大行列になった。
ゴーストアップルをドン・ドラドに見せたときに使った半月のお盆は台所ですぐに見つかった。
朝食が始まる前の妖精女王の訪問だったから、台所には物が溢れている。
鍋からは湯気が出て、焼き魚の煙の匂いがしている。
台所を守るミゲルを筆頭に、使用人たちが朝食の準備をして待っていたらしい。
後ろをついてきていた赤壁山の主が目を輝かせて、端から味見し始めた。
辺りを見渡して、ゴーストアップルが溶けた後の状況を再現していく。
「ここから、徳利に移そうとして」
宴会に出てくる酒器をぽこが手に持って揺らす。
「酒と間違えて飲まれちまうって俺が言って」
「危険ですねって、返事をしました」
ぽこが酒器を棚に片づけ、俺が棚の高いところから枡という入れ物を見つけた。木製の箱型をしたものだが、これも酒器だ。
「これも同じか」
「たぬきなら絶対飲みますね」
「あぁ、台所にある入れ物なら、何でも飲まれる気がしてきたと、俺が言い始めて」
「そうでした! それで、花器にしたんですよ!」
ぽこがポンっと手を打つ。
あのとき、ぽこがどこからともなく浅い花器を持って来て、これなら誤飲もなかろうとゴーストアップルだった液体を注いだ。
それで、それを……。
二人で同時に勝手口から飛び出した。
逃げられると思ったのか、三羽のうさぎが追いかけてくる。
「ないぞ⁉」
「ありません⁉」
干し柿の下に置いたはずの、花器は影も形もない。
後ろをついてきた赤壁山の主が、干し柿を手に取って匂いを嗅ぐ。
「それはまだ食べられませんよ」
赤壁山の主はそれ以上ぽこに構ってもらえずに、ぷぅと膨れて俺の肩に止まった。
「呼び出したノニ、ご褒美ナイ」
この忙しいのに、オデ様の相手をする暇はない。
「今、探している。ゴーストアップルが欲しいんだろう?」
「ルイス兄ぃ! ここに置いておいた窯変の花瓶はどこ?」
ぽこに呼ばれたドラド家の次男が慌てて出てきた。やせ型のルイスは屋敷全般の管理をしている。
「あれなら今、中座敷の床の間だ」
中座敷には、クッションが列に並べられていた。
合間を縫って床の間に行きつくと、確かにあのときの花器だ。
ざらっとした手触りで、見た目以上に重い。
中を見たら、まだ水は残っていた。
「あったぞ!」
ゴーストアップルが溶けた水の効果なのか、活けられた水仙は、まるで地面に植わっているそのもの。いや、それ以上に活き活きとして光をまとっているようだ。
「良かったです!」
ぽこが俺に飛びついてきた。花器に入った水が揺れる。
ぽこの気持ちがよくわかる。
親父さんの試練に対して反抗できなかったのは、皆の前だったからだ。
自分の意見を伝えることと、ドン・ドラドの娘としての責務の間でぽこは揺れている。
その結果、俺が危険に飛び込むはめになったことを、後悔し、ドン・ドラドや自分を責めていたのだ。
安堵してようやく、俺に抱きついて来れたのだろう。
強く抱きとめる。
「大丈夫だ。取返しはつく。生きていればどうとでもなる」
背に回された腕が俺を締め付け、服を掴まれた。
「さぁ、これをお返しに行くぞ」
ぽこをくっつけたまま前座敷に向かい、それでも廊下でジョアンに預けた。
ぽこは抵抗したが、兄弟たちもぽこを無言で引き留める。
花器を活けられた花ごと妖精女王へ差し出した。
「こちらでございます。ゴーストアップルは溶けて水になり、自然に還るのを待っておりました」
「確かに」
「ゴーストアップルのようだ」
「献上品は」
「受け取――⁉」
俺と妖精女王の間に、白い赤壁山の主が、飛んで来たかと思うと、身体と同じ幅の大口を開けて水仙を食べてしまった。
「あぁぁぁぁ⁉」
「なんてこと!」
さらには、俺から花器を奪い取って、音を立てて啜った。
呆気に取られて、誰も物音一つ立てない。
けふっ
赤壁山の主が軽くゲップをした。
「うまイ!」
白い毛が輝きを帯びる。空中を上昇する度に、ダイヤモンドダストのような輝く粉が飛ぶ。
気温がぐっと下がり、吐く息が白く色づく。
「新しい主は食いしん坊だこと」
妖精女王が初めて声を発した。低い声には迫力がある。七羽の兎がひれ伏した。長い耳が垂れさがっている。
相当にお怒りのようだが、妖精女王は先刻、赤壁山の主なら食べてよいと言い、早い物順とも言った。
対等な相手であり、立場ある者として怒りに身を任せられず、さりとて、威厳は保たねばならない。
「主よ、今のがわらわからの就任の祝いの品じゃ」
「あんがト」
相当に満足したらしく、腹を撫でた後、欠伸をした。
「オデ帰ル」
「待って!」
ぽこの願い虚しく、赤壁山の主は来たときと同じくらいの唐突さで姿を消した。
「さて、盗人よ」
妖精女王が俺を見た。
「献上品を用意したそなたにも、何か褒美をとらせようぞ」





