187話 ぽこと友達の欲求
「お前」
「何かを」
「庇って」
「おるな?」
「だが」
「情け容赦は」
「ないぞ!」
妖精女王の前に立った俺に注目が集まる。
妖精女王の黒いマントは、漆黒の闇のようで、吸い込まれるような錯覚に陥る。
うさぎたちはよく喋るが、妖精女王が一言も発さないのも不気味だ。
無意識的に妖精女王の顔を見上げた。木の表面のように細かい皺が刻まれている老婆だ。
ただし、俺よりはるかに背が高く、のけぞるような姿勢になってしまう。
向き合った妖精女王が、大きな背を屈めて俺の顔を覗き込む。
表情のない妖精女王の瞳には、光さえない。
妖精女王の人差し指と親指で顎を上に固定された。まるで凍り付いたかのように体の自由が利かない。
「咎人よ」
「死の接吻は」
「魂さえも」
「凍らせる」
「盗み食った」
「ゴーストアップルごと」
「贄となれ」
妖精女王の顔がゆっくり近づく。
うさぎたちの言葉の途中から、意識が混濁する。
かつての仲間の顔が頭をよぎった。四人でこなした初めての仕事の後、乾杯した安酒のうまかったこと。罠で仕留めた猪の重さに参り、歯を食いしばりながら歩き通した後の爺さんの笑顔。爺さんの喉元の皮膚のざらつきは、幼い頃におぶってもらったときの感触だ。爺さんを埋葬後、故郷から出たときのこと。
これまでの記憶が飛び飛びに思い出される。
「旦那様」
ぽこが甘えた声で俺を呼ぶ。
「旦那様」
華の咲いたような笑顔で
「旦那様」
唇を尖らせた拗ねた顔
「旦那様」
怒ったら膨らむ頬
様々な声と表情のぽこが出てきた。
「なぁ、オズワルド。生きているだけで丸儲けだ」
爺さんの声で、我に返った。
あわや唇が触れる寸前で仰け反って離れた。
でーれ、でーれ、でれでれれれれっ
加速する妙な音がして、白い幼獣がこちらに向かって飛び出した。
妖精女王が俺から離れ、周りにうさぎがしがみついた。
「オデ忙しいのに、何ダ?」
両手に焼いた芋を持って、むしゃむしゃ食べながら赤壁山の主が俺を宙から見下ろした。
化け合戦の時は、人の頭ほどの大きさだったのに、今は頭二つ分ほどの大きさになっている。
上昇するより、落下する幅の方が大きく、頑張って上昇を試みて、結局、俺の腕の中に納まった。
「旦那様がピンチです! 赤壁山の主様、助けてください!」
ぽこが叫んだ。手には灰色の筒が握られている。ぽこが飛び出してこないように、ジョアンがぽこを背後から抱えていた。
「何かと思ったら」
「山の主殿」
「妖精女王から」
「新しい主へ」
「挨拶は後で」
「盗人をお返し」
「いただきたい」
持っていた芋を全部食べ、手を寂しそうに見てから、赤壁山の主が妖精女王を見た。
「盗ミ?」
「さよう」
「今年最初の」
「林檎は」
「妖精女王のもの」
「盗んで」
「食べた」
「罪を償え」
「オデも食べタイ」
赤壁山の主の腹が鳴った。
「貰ったラ返す。コレ常識」
腕の中で、赤壁山の主が俺のことを呆れたように見上げてくる。
得意そうにぽこを振り返って笑う。
「代わりに殺されそうになってね」
「食べ物の恨み恐ろしイ」
また腹が鳴った。
「腹減っタ」
ひもじそうな声だが、口の下の毛には食べかすがついている。
張り詰めていた意識が、赤壁山の主のだらしない様子に緩んだ。
「食べすぎじゃないか? 宙にも浮けぬようだし」
「赤壁山の恵みを取り入れて、オデが吐き出す。コレ再循環」
何言ってるんだ?
「赤壁山の主殿」
「今は」
「盗人の」
「咎を償わせる――」
「ゴーストアップルてウマい?」
七羽のうさぎが話すのを、赤壁山の主が遮った。止められた残りの三羽が脚で畳を蹴った。
赤壁山の主は、妖精女王が怖くないらしく、ふわふわと宙に飛び出して、妖精女王の目の前へ浮かんだ。
「あぁ」
「ウマいとも」
「冬の澄んだ水ののど越し」
「春の花の匂い」
「夏の日差しの力」
「秋の芳醇な旨味」
「唯一無二」
「オデも食う」
間髪入れず要望を叫び、赤壁山の主の身体が期待で膨らむ。
無表情の妖精女王は、赤壁山の主に腕を伸ばした。やすやすと掴まり、あどけなくもう一度同じことを繰り返す。
妖精女王が赤壁山の主の頭を撫で、口元を触ると、食べかすが消えた。
「それならば」
「来年から」
「妖精女王様より」
「先に見つけろ」
「競争になるが」
「主殿相手なら」
「仕方ない」
七羽がぴょんぴょん跳ねながら宣言する。
「そうだな。本来、自然界にあるものは皆に平等にチャンスがあるはずだ」
顎鬚を撫でながら、切り出すと、七羽が怒りだした。
「今は」
「妖精女王様と」
「赤壁山の主が」
「お話中だ」
「人間風情が」
「横入するな」
「たぬきもだ」
タンターン!と脚踏みの音が続く。
「そうだ。死の神というよりは冬の妖精と、イエティの幼獣だ。お役目があって大層な呼称がついているが、元は魔獣なのだろう? 赤壁山に住むもの同士だ」
「違う」
「たぬきなら仲間でも」
「お前は人間」
「恵みを取りつくす」
「お前は人間」
「一緒にするな」
「全く違う」
「俺は根こそぎ自分のもんにしたりはせんよ。そうしなければ、小さな生き物が冬を越せぬし、ひいては新しい林檎の木も育たない」
「黙れ人間!」
「咎人よ」
「余さず」
「食ってなお」
「罪を償わず」
「何を」
「言う」
食った?
食ったことが問題なのか?
「友達、次はオデ」
妖精女王の枯れ木のような腕の中から、赤壁山の主がこっちを見て駄々をこね始めた。
「友達ならオデに」
次は横流ししろと言っているのだろうが、本当に今回の内容をわかっているのだろうか。
どうにも赤壁山の主は器が大きすぎて道理が通らない。これならな七羽のうさぎの方がまだ話しがわかる。
「渡してやりたいが、ゴーストアップルは溶けちまって、林檎の形はしていない」
「まだアル⁉」
「食べてない⁉」
「寄越せ!」
「返せ!」
「どこだ⁉」
「どおりでここは」
「林檎の香りが」
「濃いはずだ」
赤壁山の主と七羽のうさぎが同じように飛び跳ねる。
「あるはずだ。お返しできれば、問題ありませんかね」
「よかろう」
「あいつオデの友達」
「大目に」
「みてやる」
「持ってこい」
「ただし」
「逃げ隠れしても」
「無駄だ」
「あいつオデの友達」





