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たぬきの嫁入り4  作者: 藍色 紺
第17章 めぐみ、めぐり、めぐる
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187話 ぽこと友達の欲求

「お前」

「何かを」

「庇って」

「おるな?」

「だが」

「情け容赦は」

「ないぞ!」


 妖精女王の前に立った俺に注目が集まる。

 妖精女王の黒いマントは、漆黒の闇のようで、吸い込まれるような錯覚に陥る。


 うさぎたちはよく喋るが、妖精女王が一言も発さないのも不気味だ。


 無意識的に妖精女王の顔を見上げた。木の表面のように細かい皺が刻まれている老婆だ。

 ただし、俺よりはるかに背が高く、のけぞるような姿勢になってしまう。


 向き合った妖精女王が、大きな背を屈めて俺の顔を覗き込む。

 表情のない妖精女王の瞳には、光さえない。

 妖精女王の人差し指と親指で顎を上に固定された。まるで凍り付いたかのように体の自由が利かない。


「咎人よ」

「死の接吻は」

「魂さえも」

「凍らせる」

「盗み食った」

「ゴーストアップルごと」

「贄となれ」


 妖精女王の顔がゆっくり近づく。

 うさぎたちの言葉の途中から、意識が混濁する。

 かつての仲間の顔が頭をよぎった。四人でこなした初めての仕事の後、乾杯した安酒のうまかったこと。罠で仕留めた猪の重さに参り、歯を食いしばりながら歩き通した後の爺さんの笑顔。爺さんの喉元の皮膚のざらつきは、幼い頃におぶってもらったときの感触だ。爺さんを埋葬後、故郷から出たときのこと。

 これまでの記憶が飛び飛びに思い出される。


「旦那様」

 ぽこが甘えた声で俺を呼ぶ。


「旦那様」

 華の咲いたような笑顔で


「旦那様」

 唇を尖らせた拗ねた顔


「旦那様」

 怒ったら膨らむ頬


 様々な声と表情のぽこが出てきた。


「なぁ、オズワルド。生きているだけで丸儲けだ」


 爺さんの声で、我に返った。

 あわや唇が触れる寸前で仰け反って離れた。



でーれ、でーれ、でれでれれれれっ


加速する妙な音がして、白い幼獣がこちらに向かって飛び出した。

妖精女王が俺から離れ、周りにうさぎがしがみついた。


「オデ忙しいのに、何ダ?」


 両手に焼いた芋を持って、むしゃむしゃ食べながら赤壁山の主が俺を宙から見下ろした。

 化け合戦の時は、人の頭ほどの大きさだったのに、今は頭二つ分ほどの大きさになっている。

上昇するより、落下する幅の方が大きく、頑張って上昇を試みて、結局、俺の腕の中に納まった。


「旦那様がピンチです! 赤壁山の主様、助けてください!」


 ぽこが叫んだ。手には灰色の筒が握られている。ぽこが飛び出してこないように、ジョアンがぽこを背後から抱えていた。


「何かと思ったら」

「山の主殿」

「妖精女王から」

「新しい主へ」

「挨拶は後で」

「盗人をお返し」

「いただきたい」


 持っていた芋を全部食べ、手を寂しそうに見てから、赤壁山の主が妖精女王を見た。


「盗ミ?」


「さよう」

「今年最初の」

「林檎は」

「妖精女王のもの」

「盗んで」

「食べた」

「罪を償え」


「オデも食べタイ」


 赤壁山の主の腹が鳴った。


「貰ったラ返す。コレ常識」


 腕の中で、赤壁山の主が俺のことを呆れたように見上げてくる。

 得意そうにぽこを振り返って笑う。


「代わりに殺されそうになってね」


「食べ物の恨み恐ろしイ」


また腹が鳴った。


「腹減っタ」


 ひもじそうな声だが、口の下の毛には食べかすがついている。

 張り詰めていた意識が、赤壁山の主のだらしない様子に緩んだ。


「食べすぎじゃないか? 宙にも浮けぬようだし」


「赤壁山の恵みを取り入れて、オデが吐き出す。コレ再循環」


 何言ってるんだ?


「赤壁山の主殿」

「今は」

「盗人の」

「咎を償わせる――」


「ゴーストアップルてウマい?」


 七羽のうさぎが話すのを、赤壁山の主が遮った。止められた残りの三羽が脚で畳を蹴った。


 赤壁山の主は、妖精女王が怖くないらしく、ふわふわと宙に飛び出して、妖精女王の目の前へ浮かんだ。


「あぁ」

「ウマいとも」

「冬の澄んだ水ののど越し」

「春の花の匂い」

「夏の日差しの力」

「秋の芳醇な旨味」

「唯一無二」


「オデも食う」


 間髪入れず要望を叫び、赤壁山の主の身体が期待で膨らむ。

 無表情の妖精女王は、赤壁山の主に腕を伸ばした。やすやすと掴まり、あどけなくもう一度同じことを繰り返す。

 妖精女王が赤壁山の主の頭を撫で、口元を触ると、食べかすが消えた。


「それならば」

「来年から」

「妖精女王様より」

「先に見つけろ」

「競争になるが」

「主殿相手なら」

「仕方ない」


 七羽がぴょんぴょん跳ねながら宣言する。


「そうだな。本来、自然界にあるものは皆に平等にチャンスがあるはずだ」


 顎鬚を撫でながら、切り出すと、七羽が怒りだした。


「今は」

「妖精女王様と」

「赤壁山の主が」

「お話中だ」

「人間風情が」

「横入するな」

「たぬきもだ」


 タンターン!と脚踏みの音が続く。


「そうだ。死の神というよりは冬の妖精と、イエティの幼獣だ。お役目があって大層な呼称がついているが、元は魔獣なのだろう? 赤壁山に住むもの同士だ」


「違う」

「たぬきなら仲間でも」

「お前は人間」

「恵みを取りつくす」

「お前は人間」

「一緒にするな」

「全く違う」


「俺は根こそぎ自分のもんにしたりはせんよ。そうしなければ、小さな生き物が冬を越せぬし、ひいては新しい林檎の木も育たない」


「黙れ人間!」

「咎人よ」

「余さず」

「食ってなお」

「罪を償わず」

「何を」

「言う」


 食った?

 食ったことが問題なのか?


「友達、次はオデ」


 妖精女王の枯れ木のような腕の中から、赤壁山の主がこっちを見て駄々をこね始めた。


「友達ならオデに」


 次は横流ししろと言っているのだろうが、本当に今回の内容をわかっているのだろうか。

 どうにも赤壁山の主は器が大きすぎて道理が通らない。これならな七羽のうさぎの方がまだ話しがわかる。


「渡してやりたいが、ゴーストアップルは溶けちまって、林檎の形はしていない」


「まだアル⁉」

「食べてない⁉」

「寄越せ!」

「返せ!」

「どこだ⁉」

「どおりでここは」

「林檎の香りが」

「濃いはずだ」


 赤壁山の主と七羽のうさぎが同じように飛び跳ねる。


「あるはずだ。お返しできれば、問題ありませんかね」


「よかろう」

「あいつオデの友達」

「大目に」

「みてやる」

「持ってこい」

「ただし」

「逃げ隠れしても」

「無駄だ」

「あいつオデの友達」



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