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たぬきの嫁入り4  作者: 藍色 紺
第17章 めぐみ、めぐり、めぐる
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186話 ぽこと七羽のうさぎ

 寝床から起き出すのに苦労する。どうにも朝からやけに冷え込んでいる。

 組み置いていた水が凍っており、その分厚さに首を傾げる。


「わ、分厚いですね。この時期にしては珍しいです」


 赤壁山を見上げると山頂付近は吹雪いているらしく、真っ白で見えない。


「今夜は湯割りヴァダーだな」


「もう、旦那様ったら、まだ朝ですよ」


 二人で笑いながら金毛邸(きんもてい)へと向かうと、前座敷の方向からラッパのような音がした。


「何の音でしょう?」


 ここに来て初めて聞く音だ。ぽこも首を傾げる中、ラッパの音は七回続いた。

 咄嗟にぽこを背へと隠す。

 ラッパが鳴った途端、玄関から桁違いの気配を感じた。例えるのなら、大屋根山の主と遭遇したような、圧倒的存在に死を覚悟するような感覚だ。


「ドン・ドラド様ぁぁぁ!」


 いつもかしこまっている案内役のたぬきが、蒼白になり奥座敷へと走っていった。

 好奇心旺盛のたぬきたちが、どやどやと集まり始めた。


「ぽこは風月廬(ふうげつろう)に戻ってくれ」


「嫌です」


 普段朗らで華のあるぽこが、真剣な顔で拒否した。

 何はなくともぽこには危険なところに連れて行きたくない。だが、ぽこは白銀の王が襲来したときも里のものをかばった。

 なぜ戻って欲しいのか理由を言おうとして留まる。ぽこの意見を尊重するということは、ぽこがたぬきの里で担っている仕事ごと尊重することでもある。


 できる限りのことをするだけか。


 諦めが表情に出たのを見て、ぽこが先を急いだ。追いかけて、追い越す。せめて守るくらいのことはさせて欲しい。


 座敷に入る手前の廊下で、先に着いたたぬきたちが失神していた。

 たぬきというやつは、怖いとすぐに失神する。彼らの言葉を借りるなら、それは失神ではなく、身を守るための死んだふりであって、一種の化け術だという。


 前座敷には、全身黒の大きな女が杖をついて立っていた。

 見た瞬間全身の血が凍るかと思った。

 この女は、ゴーストアップルを取ったときに、危うく遭遇しかけた何者かと同じ匂いがする。

 玄関先には大きな鹿がいた。あの時の足跡と一致する。

 特定こそしなかったが、あれは妖精女王だと俺たちは考えていた。


 やはり、妖精女王だったか。

 ならば、目的はただ一つ。


 どう出るのか時間を稼ぐ内に、皆に遅れてドン・ドラドが奥座敷から合流した。黒い女を見て啞然とし、立ち止まる。


 黒い女は、よく見たらニワトコの実がついた枝でできた冠を被っている。

 ニワトコは、葉、花、実、樹皮に薬効成分がある。熟していない実は強い毒があるから、生と死の象徴にされている。


「やいやい」

「やいやい!」

「そこの者!」

「不躾な視線で」

「御姿を汚すでない!」

「この方を」

「どなたと心得る!」


 潰れたしゃがれ声でやかましいのが、黒い女の足元をぴょんぴょんと立て続けに跳ねた。

 黒いのは七羽のうさぎだった。手にラッパを持っている。先刻の音はこいつらの仕業らしい。


「この方は妖精女王様である」

「死を司る神様と呼ぶ者もいる」

「一年の終わりに、死者の魂を連れていらっしゃる」

「親しき者には知恵を授けるが、」

「蓄えを腐らせ、疫病を流行らせる」

「妖精と呼ぶ者もおるが」

「その力の前に神と呼ぶ者もあり」


 揃って突き出た二本の歯をむき出しにして、鼻をひくひくさせ、反応を確かめる。



 深い沈黙が流れた。

 ドン・ドラドが俺に課した最初の試練が、今年最初のゴーストアップルを取ってくるというのも、本来は妖精女王の物だというのも、ここにいるたぬきたちは皆知っている。


 取り戻しに来たのか、それとも仕返しに来たのか。

 誰も身動き一つできない。

 背後に隠したぽこも、俺の腕と身体の間に顔を押し込んで震えている。


「この中に」

「妖精女王様の」

「ゴーストアップルを」

「盗んだ者が」

「おる!」

「正直に」

「名乗り出よ!」



 一羽ずつ話すから、余計に言葉の意味がのしかかる。

妖精女王が、一堂を一匹ずつ確かめるように見渡してくる。老獪な視線はまるで心の中まで見透かすようだ。

我慢できずに失神するたぬきがさらに出始めた。

 誰も口を割らず、視線が俺に集まることもない。恐怖に失神してしまうが、彼らの仲間を思う気持ちは強い。


「もう一度だけ」

「言おう」

「名乗り出れば」

「罰するのはその者だけ」

「庇いだてするなら」

「たぬきの里は」

「根絶やしだ‼」


 寒さが一層際立ち、張り詰めた中で、黒いウサギたちが一音も漏らすまいと、耳をあらゆる方にせわしなく動かしている。


 ドン・ドラドが動く気配があり、視線を合わせる。

 「出てくるな。任せてくれ」と声にならないメッセージを送ると、頷いた。


ぽこが、握ってきた手が冷たい。指先で指を優しくなぞってから、手を離す。

俯いていたたぬきたちが、妖精女王の前に出て行く俺を見て息を飲んだ。


 何も恰好つけて、たぬきの代わりに死のうだなんて考えちゃいない。


脳裏に浮かぶのは、自然災害で絶滅してしまう生き物のことだ。

十年インマーグにいるが、二度経験したことがある。特定の生き物が絶滅すれば、関連する生き物が皆煽りを喰らう。

目も当てられぬ惨状は、癒えるのに何年もかかるほど。

自然とは恐ろしいと思っていたが、もしかしたら、神や妖精を怒らせた罰なのかもしれないと思った。

 そして、神や妖精は気まぐれな生き物だという。何の拍子に怒らせてしまうのかはわからない。


 だからこそ思う。ぽこの美しい里を守りたい。


「俺がゴーストアップルをもぎました」


 この場をどう切り抜けられるのか、策は思いついていない。だが、はいそうですかと死ぬわけにはいかない。

 無策なのはいつものことだ。


「お前」

「何かを」

「庇って」

「おるな?」

「だが」

「情け容赦は」

「ないぞ!」



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