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たぬきの嫁入り4  作者: 藍色 紺
第17章 めぐみ、めぐり、めぐる
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183話 ぽこと古の薬

「パパ! またなの⁉ もういい加減にして!」


「駄目だ駄目だ! ぽこが人間になるなんて絶対に認められない!」


 ドン・ドラドに、おばあさんを訪ねてきたもう一つの理由は伝わってなかったようだ。

 結婚を認めて貰いたい一心で、お互いに細かい話はできていなかったと気づいたが、もう遅い。

 ここまでぽこのことを思って我慢していたドン・ドラドの気持ちがとうとうひっくり返ってしまった。


「もう! ぽこの生き方はぽこが決めるんだから! パパには祝って欲しいだけなの!」


「娘が不幸になるのを見過ごす親がいるとでも⁉ 人間が相手だっていうだけでも十分だっていうのに、人間になると言い出すとはな! お前は騙されてるんだ!」


「騙されてなんかないもん!」


「人間はいつだって儂らを食う! お前だって今に取って食われちまうに決まってる!」


「俺がたぬきになります」


 言い合う二人の間で、宣言する。


 元よりそのつもりでたぬきの里へ来た。文化は大きく違うが、今は戸惑いよりも楽しさが上回っている。たぬきになる感覚は分からないが、里には馴染めそうだ。

 インマーグでやっていたような雑多な用事を引き受ければ、食っていけるだけの稼ぎもできるだろう。


「聞いたか⁉ オズワルドさんがたぬきになるって言い出したぞ! え? たぬきになる?」


 ドン・ドラドを中心に円を描くように揺れていた飾りが反動でこちらへ戻って来た。


「そうです。俺がたぬきになります」


「何を言っておる。お主は人間だろう」


「ぽこには、大切な家族がいて、里でのお役目もありますが、俺には家族も役目もありませんから」


「人間は食物連鎖の頂点だぞ? たぬきになれば食われる立場だ」


「たぬきと人間のどっちが上等な生き物かなんて俺には関係ありません」


 ドン・ドラドが膨らんでいた身体を元の大きさに戻した。


「そうか。それなら……」


「待ってください。古の薬はぽこが飲みます」


 ぽこは頑として聞かないつもりらしい。


「ぽこ! お前は!」

「理由を聞かせて欲しい」


 憤るドン・ドラドの脇で、ぽこは首を振ってしまった。


「俺のためにも、家族のためにも理由を教えて欲しい」


 ぽこがぐぅと唸り黙り込んだ。言い出しにくいことが理由のようで、焦らずに待つ。


「揉めるくらいなら、最初からたぬきにしておけばよかったんだ。ジョアンなら喜んで入り婿にもなっただろう」


「ご要望とあらば」


「お主はたぬきになっても入り婿にはできん」


 ぽこをそっちのけで話しが進む。ぽこの話も聞かなきゃならんし、ドン・ドラドの話も聞かなきゃならぬ。

 内輪の揉め事を、それぞれに話を聞くのは久しぶりで、こんな状況なのにわくわくしてきた。昔は仲間からお互いの愚痴を聞かされたものだ。


「一門に人間はいらないからな」


 ドン・ドラドはたぬきの里の長で、本来なら人間にバレてはいけないことがバレている状態だ。一門に人間、もしくは元人間を加えられないのは当然で、納得する。


 ドン・ドラドが、ジョアンと競わせたのも、度重なる試練もそういう理由があったってことだ。親ならではの考え方があり、子はそれを知らぬ。

 ぽこが多くを語らないのは父親譲りなのだろう。


「パパがぽこに生き方を押し付けてくるのが嫌なの。ぽこは自分で決めたい」


 ぼそぼそと言い出した言葉に、ドン・ドラドが何か反論しそうになった。視線でそれを止めようとして、俺より先におばあさんがドン・ドラドを制していると気が付いた。


「ぽこが旦那様のところへ押しかけましたから、ぽこが旦那様のために人間になるのが筋ってものです」


「いいや、誤魔化してくれるな。どっちが先に惚れたかなんて関係ない」


 ぽこが俺を辛そうに見上げる。目から涙が溢れた。


「泣かせているではないか……。意見を聞かれたら泣いているではないか」


 戸惑いと苛立ちを顕わにしたドン・ドラドの声に、ぽこが首を振る。

 自分の意見を伝えるのは難しい。何よりも自分自身がなぜそうしたいかを知らねば話せないからだ。


「キュマ先生が……」


 呟くような一言で、ぽこが何を考えているのか分かった。

 キュマ先生は種族変更の薬には、苦痛や死の危険性があると言っていた。だから、ぽこは俺に薬を飲ませたくない。


「ぽこ、それならお互いに飲むことはできない。俺だってぽこを失いたくない」


 隣に座るぽこの手を握ると、何度も頷きながら「だって」「でも」と泣く。

 気まずい空気に、ドン・ドラドが苛立って足を崩した。


「人間になる薬なんて物があるの?」


 おばあさんの言葉に、三人揃って顔を上げる。


「だって、おばぁが昔教えてくれたでしょう? 古の薬だよ?」


「そうだったかしら? 覚えてないわ」


 盛大な肩透かしを食らってどっと疲れが押し寄せる。

 俺は何しにたぬきの里の奥まで来たのだっただろうか?

 あぁ、結婚の挨拶だったか。


 おばあさんは首を傾げる。


「ここではないどこかに行きたいとか、もし生まれ変わったらとか、そんなことを思うのは、若いからですよ。元気な証拠」


 誰しもが一度は考えたことがあるのではないだろうか。現状にたいした不満はなくとも、そういった気持ちはないだろうか。

 旅行やお祭りを楽しめるのも、そういう一面を体験できるからのように思える。

 おばあさんの言葉は、達観しすぎていて、俺には到底吐けぬ。


「夢や理想があるから頑張れるのよねぇ」


 なるほど。納得はするが、結局は古の薬なんてものはない現実を受け止めきれない。


「なら、ぽこと旦那様の赤ちゃんは?」


 ドン・ドラドが唸った。ぽこの子はドン・ドラドにとっても喜びだ。

 ドン・ドラドが俺との結婚を反対する数多の理由の一つにこれがあるのだろう。

 結婚を祝って貰った高揚感は、子を成せない事実で一気に下降してしまった。


「今はショックが大きい。ゆっくり考えよう。な?」


 どうにか言えた言葉に茫然としたぽこがゆっくり頷いた。それを見て、ほっとした。


 たぬきの里の小さくてふかふかした毛玉たちは、鬱陶しくも可愛い。

 世話が大変なんてことを忘れさせてくれる何かがある。

 ぽこと俺は望んでも得られない事実が、すぐには受け止めきれない。

 子が欲しいと強く願っているぽこは、俺以上に衝撃を受けているはずだ。。



「そろそろお暇しようか。ばぁ様がお疲れのようだ」


 ドン・ドラドの呼びかけで、我に返った。見ればおばあさんはうつらうつらと船をこいでいる。


「お会いできて嬉しかったです」


「おばぁ、また来るね」


 その声に、おばあさんがぼんやり目を開いた。


「おんやぁ。帰るのかい? あら?」


 おばあさんが俺を見上げる。


「間違えてもたぬきになりたいなんて言っちゃいけないよ」


「おばぁ、その話はもうわかったから」


 とめに入ったぽこを気にせずに、おばあさんが続ける。


「たぬきにだけはなりたくないと言うんだよ」


「旦那様ごめんなさい。おばぁは眠いみたいです」


「気にするな」


 お土産のかんきつ類を一つおばあさんに手渡した。

 来るときは軽かった足取りは、帰りは重かった。


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