181話 ぽこところ柿
ドン・ドラドに結婚を認めて貰った夜から、ぽこは俺のいる部屋に移動してきた。
いつものようにぽこを腕と体の間で挟んで寝るようになると、よく眠られることに気が付いた。
みぞおちで蝶がてふてふとはばたくようなくすぐったい気持ちだ。
ぽことの距離が縮まるほどに、蝶の羽ばたきは多くなる。
そして、今日も皆の手伝いをする。ドラド家にいれば、里の雑用はいくらでもある。
雪を抱いた山々に囲まれ、空はどこまでも突き抜けた青さだ。空に向かってたわわに実った橙色の木の実の色が目立っている。
ぽこの兄のヘススは人間姿、甥と姪合わせて十匹は人間姿だったりたぬき姿だったりと思い思いの姿で集まっている。
「あれは柿という果物です。もっちりとろとろで甘いんですよ」
「柿?」
インマーグでは見たこともない。稲といいたぬきの里には珍しい植物がある。
「これもご先祖様がはるか昔に東方から持ってきたありがたい木です」
「ヘススおじちゃん、早く採って!」
子供たちにせがまれて、ヘススが細長い竹を切って、先を二股に割ったものを持ち上げた。
竹の先で柿の実がついた細枝を挟む。
「そう簡単には折れないんじゃ」
「そこだ! いけ!」
音を立てて枝が折れ、柿の実ごと枝が取れると、子供たちが大喜びする。
「ほら、誰がはさみになる?」
はさみになるって?
「僕!」
「私!」
ヘススが一番最初に返事した子を指名すると、爆風が上がってはさみが地面に落ちた。
「最初にもぐのはだーれだ?」
同じような争いの末、枝から柿の実をもぐ順番が決まる。
順番が遅くなった子らが、ヘススに新しい柿をせがみ、ぽこが柿の実を枝からもぐ先生になった。
「いい? ヘタは長めにね。はさみさんは、指を切ったらだめよ」
「大丈夫!」
はさみから返事が聞こえた。
なるほど、チビたちにとって、柿の実を採るお手伝いは化け術のいい練習なのだろう。
はさみが危なくないから、チビでも参加できる。
ヘススと一緒に柿の実を取り、次々と子供たちに渡す。
柿の木のてっぺん辺りは意図的に残す。
残せば鳥が腹を満たせる。鳥がでかくなれば子を成して、俺がその子を食べることもできるからだ。爺さんの受け売りだが、人間も自然界の一部だから、自分が飢えないだけで御の字だ。
ぽこが一番ちびを膝に乗せてはさみを一緒に使っているのを見て、手元の柿を見る。
艶があり、固い。
もっちりとろとろ?
そんな風には見えないが、食いしん坊なたぬきたちがこぞって収穫するくらいだ。
きっとうまいのだろう。
大きな口でかぶりつく。
「渋い!」
大慌てで吐き出す。唇の端が痺れるほど渋い。
驚いたたぬきたちが、俺を見て笑い始めた。
「大丈夫ですか?」
咳き込む俺の背中をぽこが撫でてくれる。
「甘くてとろとろなんじゃ?」
「渋柿ですから、渋抜きをしないと」
「渋抜き?」
「このままじゃ食べられないんです」
「ぽこ、もうここはいいから、婿殿と帰って作業してたら?」
ヘススの言葉に甘えて、籠いっぱいの柿を背負って金毛邸の中座敷に戻る。
台所で柿を洗ったら、台所脇の座敷に上がってクッションの上で皮むきだ。三、四個ならいいが、ぐっすらあるから、途中で嫌になってきた。
どこからか女性が寄って来て皮むきに加わってくれた。
「旦那様、こちら四男ミゲルの奥様です」
「あ、こりゃどうも」
突然の紹介に戸惑い、ろくな挨拶ができないまま作業に戻る。
「旦那様、浅い鍋を三つ釜戸にかけてお湯を沸かしてください」
要請に従って鍋を仕掛けて座敷に戻れば、柿を剥く人数が六人に増えていた。
こうなればかしましいったらない。
「私はアルベルトの妻よ」
アルベルトは長男だ。
「私はホセの妻」
ホセ……。酒を管理しているから三男か?
次々に紹介してくれるが、全く覚えられない。
早々に覚えるのを放棄して、会釈するのに徹する。口を利いたら名前も顔も覚えていないのがバレてしまうから、無口を通すしかない。
名も知らぬ女性たちに混ざるのは居心地が悪いが、皮むきは素晴らしい速さで終わり、次にヘタに紐をかけ始めた。
「旦那様とぽこはそろそろ次の作業にかかりましょう」
ぽこと二人で湯が沸いた鍋の前に立ち、紐でくくられた柿を鍋にくぐらせ、次に違う液体にくぐらせた。
なんだこれ?
匂いを嗅げば、酒だった。それもうんと酒精分の高いやつ。
「お湯とお酒につけておかないとカビちゃうんですよ」
「なるほど」
酒がついた柿は、女性たちがどんどん棒に吊るして、軒の下に干していく。
今朝まで何もなかった軒の下が、橙色の柿だらけになった。
「あぁやって干しておけば、渋みが抜けて甘くなるんですよ」
ぽこと並んで干された柿を眺めていると、ヘススが子供たちを連れて帰ってきた。
「お腹へったぁ!」
「先に手を洗おうね」
「へくちっ! ずずずずーー」
「鼻はチーン!」
「リュカがぶったの!」
「殴られたら殴り返しなさい」
「転んだぁ!」
「よしよし、痛いのいたいの飛んで行け!」
「おちっこ」
「もう少し我慢して!」
女性たちだけでもかしましいのに、子供が加わったら、もう嵐のようだ。
手を洗う世話をする人がいれば、食事の用意をする人がいて、鼻をかんでやり、怪我をなめてやり、皆が手分けして世話をする。どこの子なのかの区別はないらしい。
「皆でやれば心強いものだ」
「ですねぇ」
ぽこと並んで育児の様子を眺める。子供は怖いが、嫌だとは思わなかった。子だぬきたちも成長して、新人たちのようになるのだろう。
「ぽこと俺の子もこれに加わるんだなぁ」
ぽこが、俺の腕に頭をくっつけた。
「明日、おばぁのところに行きましょう」
ぽこの婆さんは、古の薬を知っているかもしれない。
今度こそ、ぽこと俺の間にある種族の差を取っ払いたい。
ぽこの肩に腕を回すと、身を寄せくる。
甘えてもらえる喜びを噛みしめる。





