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たぬきの嫁入り4  作者: 藍色 紺
第16章 腹に一物、背に荷物
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180話 旦那様とドン・ドラドの計略②

 ジョアンに連れられて旦那様が奥座敷に入ってきた。

 手で招かれて、パパの向かい側に座った。パパが上座からずれてわざわざ旦那様の右に直角に座り直す。


 旦那様の眉が僅かに動いた。


「今年も化け合戦はたぬきの勝利だ。よくやってくれた」


 届けられていたお膳を勧められて、箸に慣れていない旦那様が苦労して箸を持った。


「赤壁山の主の件も礼を言う。流石、婿殿だな」


「婿殿……ですか」


「そうだろう? お主は試練を先に乗り超えたのだから、婿殿だ」


 旦那様は表情を崩さず、箸で里芋を刺して頬張った。


「それで、俺を呼んだ理由は何ですかね?」


 旦那様の言葉に、パパが徳利を手向けた。旦那様がお猪口で受ける。


「ぽこを儂に返してはくれまいか?」


 計画とは違う言葉に驚いて、茶釜姿のまま動いてしまった。

 茶釜の蓋が飛んで、畳の上に転がる。


「それはできません」


 旦那様が、立ち上がって蓋を拾ってくれる。


「なぜだ? お主にとってのぽこと同じように、儂にとってもたった一人の娘だ」


「ぽこが選んだのが俺ですから」


 旦那様が私の頭に茶釜の蓋を乗せてくれた。小さな金属音がして蓋がかみ合う。

 じっと私を見つめて、ゆっくり席に戻り、また慣れない箸を持った。


 旦那様にとって、たぬきの里の文化は知らないことばかりのはずだ。

 頼めばフォークとナイフだって使えるのに、それでも旦那様は箸を使う。


「返せと仰るが、何もぽこはドン・ドラドを捨てたわけじゃない。ぽこや俺と疎遠でいたいのか、仲良くしたいのかはドン・ドラド、あなた次第だ」


 旦那様が、魚の身を箸で外せずに、手で掴んで頭から齧った。

 どんどんお膳の料理を平らげて行くのを、パパは見ているだけだ。

 旦那様がお吸い物の椀をお膳に戻した音で、パパの指が動いた。


「娘が幸せになる証拠が欲しい」


 きた!


 一瞬の沈黙の後、旦那様が「何をご所望ですかね」と返事して、お猪口に口をつける。


「前にも話したが、ぽこがちゃんと雌の役割が果たせるか心配でならんのだ」


 旦那様が口に含んだお酒を吐き出した。


「子孫繁栄は我らの勤めだ。この里では、初夜を見物する文化があってね」


 気管にお酒が入ったのか、旦那様がむせる。

 そんな文化があるのか、私も知らない。


「わかってくれ。娘のことになると過保護になってしまうものだろう。いわば最後の試練だ」


「そりゃ、悪趣味ですよ」


 やっと旦那様が言い返した。私だってそう思う。


「じゃあ、何だね。結婚した後、できなかったら出戻りにさせるつもりかね?」


「いいえ、子供ができぬとも、ぽこと添い遂げられれば幸せです」


「孫を見られる夢を儂から奪うのかね」


 言い返したら、即打ち返される返事に、旦那様が黙った。

 お猪口を握りしめ、顔は赤い。


 聞いているだけの私だって赤くなっていると思う。ううん、青いのかもしれない。


「子孫繁栄を願うたぬきの文化なのだよ。婿殿」


 ため息が出てしまう。

 これまで何度も奥座敷で見て来た。


 一見さんは前座敷、ドラド一家は中座敷迄。では、奥座敷は?

 奥座敷は家族同様に信を置かれた者と、血肉を分けた家族だけ。

 そこに招かれたたぬきは、皆、自分こそがドン・ドラドに認められたと思うのだ。


 そして、とっておきの提案がされる。

 ここぞの話しだけは、奥座敷が使われるのは、こういう理由だ。


 パパはドン・ドラドなのだから。



  ❄



パパの提案を受け入れた旦那様が、お風呂に案内されて風月廬(ふうげつろう)に戻るまでの間に、先に部屋に入った。

 床の間には九つのたぬきの置物が並んでいる。言わずもがな、パパと兄たち、そして私だ。

やっぱり見たくないと言い出した私を捕獲したパパは、兄たちに手足を掴ませて逃げられないようにここに連れて来た。


「こんなことして、ぽこに嫌われないかなぁ」


「大嫌いです!」


「ドン・ドラドは趣味が悪い」


「よりによって相手が人間だもんな」


「しっ! 来たぞ!」


 風月廬(ふうげつろう)の大きな入り口が開き、行灯の火が揺れた。

 旦那様が一人で入ってきて、ほんのり照らし出された室内を見て立ち止まった。


 ぴったりくっついた二組の布団。手前に私の姿に化けたジョアンがいる。

 浴衣を着て、髪を緩く結い上げ、悔しいくらい色っぽい。


「旦那様――」


 正座したまま私に化けたジョアンが旦那様を見上げる。


「どうぞ優しくお願い致します」


 三つ指ついて深くお辞儀した。


 やりすぎじゃない⁉


 いくら私が旦那様に丁寧に話しているとは言っても、そこまでではない。


 旦那様は、無言のままで上着を脱いだ。下履きだけになって、私に化けたジョアンの前に片膝つく。ジョアンの手を握って、顔を上げさせた。


「納得してるのか?」


 胸が痛くなった。旦那様は、こんなときだって私の気持ちを聞いてくれる。


 私に化けたジョアンが、恥ずかしそうに視線を逸らして、小さく頷く。

 旦那様が頭を垂れた私に化けたジョアンを背中から抱きしめて、首に顔を埋めた。

 ジョアンの切なそうな吐息が漏れる。


 旦那様の手が背後から前にまわり、ゆっくり浴衣の帯を解く。

 衣擦れの音が響き、浴衣の合わせがはだける。


 あぁ! 旦那様気づいて‼

 気が付いたら、涙がとめどなく溢れている。

 嫌だ! 絶対に見たくない!

 パパの提案なんか知らない!


 のぞき見に夢中になり、私を羽交い絞めする兄の手が緩み始めた。


「ぽこ」


 旦那様のとろけそうに甘い声に、私に化けたジョアンが顔を上げた。

 その頬を旦那様が包む。


 ?


 旦那様の動きが止まった。


「違う」


「え?」


 ジョアンが聞き返す。


「お前、ぽこじゃないな?」


 声が聞こえてすぐに、旦那様が手に抜き身の剣を取った。


「わわわわー! 待てまて!」


 ジョアンも兄弟たちも、皆が一斉に化け術を使って、風月廬(ふうげつろう)が爆風で揺れた。


「俺だ! 俺だよぉ!」


 はだけた浴衣姿のジョアンが涙目で旦那様に訴える。


「あっぱれあっぱれ! お見事!」


「旦那様!」


 旦那様の首目掛けて飛びつく。ぎゅうぎゅうしがみついた。

 頭を何度も撫でられる合間に、頬に口付けを受けた。


「流石オズワルドさん!」

「化け術を見破るとは御慧眼!」

「ぽこが見込んだ男だけはあるぞ!」


 兄弟たちが口々に褒めたたえ、危うく未遂に終わった事件の詳細を話し始めた。


「全く、ジョアンは俺からぽこを奪うためには何だってやるな」


 旦那様が、ジョアンの頭を乱暴に撫でた。全てパパの企てだってわかってるんだ。


「ちょっとは欲情したか?」


 ジョアンがふざけて浴衣から生足を抜き出し、旦那様に投げキッスする。


「安心しろ。そんなことにはならん」


 旦那様が、私を首にぶら下げたまま、パパの前に立った。


 文句を言うのかと思ったけれど、改まった様子で、ピンときた。

 こんな状況だからこそ、旦那様は攻めるんだ!


 慌てて畳に降りて、旦那様の隣に並ぶ。


「改めてお願いします。ぽこさんとの結婚を認めてください」


「お願いします!」


 二人で深く頭を下げる。

 皆が見守る中、腕組みしていたパパが、頭を下げた。


「こちらこそ、娘を頼むよ」



「パパ! ありがとう!」


 今度はパパに抱きついた。

 パパは優しく抱き返してくれた。


「いい男を選んだな。ぽこ」


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