173話 旦那様とジョアンの優しさ
「レナは綺麗だったわねぇ」
「本当に! 豪華だったわ」
里の女たちが我が家に集まって、今日はきつねとの化け合戦に向けてのお弁当作りをしている。
褒められっぱなしのレナは、いつもに増してツンと澄まして得意げだ。
「次はぽこちゃんかしら」
突然名指しで呼ばれて驚いた。
「でも、相手が人間じゃあね。ドン・ドラド様だってお許しはしないでしょうよ」
「じゃあ、ジョアン?」
新しもの好きで、勝負や賭け事が好きなたぬきたちとって、格好の噂の的だ。私がいるっていうのに、おばさんたちは遠慮ってものがない。ベテランの皆さんにかかれば、これだけお喋りしながらでもお弁当作りは進んでいく。
今頃旦那様は、お社の前で化け合戦の会場設営をしているはずだ。
「そういえばジョアンといえばいい雄になったわよねぇ」
「小さい頃は揉め事を起こすだけだったのに、今じゃ若手一番よね」
「優しいし、強いし、お嫁さんになるたぬきは幸せ者ね」
レナと顔が合って、無言で「これ何?」「さぁ?」と会話がされた。
「おかしいな。皆、いつの間に血威無恨暗になったの?」
「だってショコラをくれるし」
「荷物を運んでくれるし」
最近耳にするジョアンの善行が繰り返される。
確かにジョアンは里の役に立つ大人になったのかも……。
パパの後にくっついて言われた仕事だけやっている長男のアルベルトよりも、ジョアンの方が里長の才覚があるようにも思える。
「よぉ!」
勝手口からジョアンが顔を出した。皆の声が余所行きの高い声になる。
「弁当作り大変だろう? 息抜きに栗を持って来たぞ」
ジョアンは、鍋一杯の栗を運んできた。お弁当作りがいったん止まって、鍋を全員で覗き込む。
「焼き栗ね」
「調理中釜戸を借りるのは悪いからさ、外で焼いて来た。ほら食べて食べて」
世話上手なおばさんに鍋を渡すと、焼き栗が全員に配られる。
栗はみんなの好物だけど、焼く前に切れ目を入れなければ弾き跳ぶので、手間がかかる。
たぶん、血威無恨暗に手伝わせたんだろうな。血威無恨暗のメンバーだって、化け大会の会場設営に必要なのに。
皆が栗の皮を剥いて食べるのに夢中になっている間に、ジョアンが手を後ろに隠して私の前へ立った。
「ぽこにプレゼントがある。手を出して目をつぶって」
「嫌」
前回、同じ状況になったとき、大嫌いな蜘蛛を渡された。そうそう同じ手口にはかからない。
「蜘蛛じゃねぇから」
ジョアンの背後を見ている他のたぬきが、大丈夫だと請け負ってくれた。
片眉を上げてジョアンを見てから、仕方なく言われた通りにする。
手に大きいのに軽くて丸い物が置かれた。
「目を開けていいぞ」
薄く目を開く。
朱色と黄色のこれは何?
両手に抱えるほどの量の落ち葉の束だった。
「わぁ!」
色合いも、種類も様々な組み合わせで、葉っぱだけでなく、南天の実やすすきも入っている。
「お洒落! それに色が素敵!」
ジョアンが嬉しそうに鼻の下を擦った。
「焼き栗はついでで、ぽこにプレゼントを渡すのが目的ってわけね」
え?
「だって、先に試練を乗り越えた方がぽこと結婚するんでしょ?」
「ばっか! 余計なこと言うな」
ジョアンの狼狽ぶりに、落ち葉の束を返してしまう。
「他の人は焼き栗をあげただろ? ぽこは焼き栗が苦手だから、これはただの代わり」
弾け飛んだ焼き栗が当たって火傷をして以来、栗は煮たものしか食べていない。
「だって、これは焼き栗とは違う意味があるでしょ」
「どう違うと思う?」
里の多くのたぬきが集まっている中で、どうしてジョアンと個人的な話しができるだろう。
ジョアンの企みややり方はどうであれ、皆に頼られるようになる迄の努力は間近で見て来た。私の個人的な感情で、ジョアンの誇りを傷つけるわけにはいかない。
何も言えない。
「勝負は置いといて、まず俺を見てくれ」
言われてみれば、ジョアンのことを先入観無しに見たことはないかもしれない。
「ジョアンといえば、ドン・ドラドの忠実な部下だわ」
「でも、血の気が多すぎるわよ」
「そうそう、王都に行く間に他所のたぬきの里でやらかした訴状が届いてるわよ」
私が考えなくても、他のたぬきたちから客観的な意見が教えて貰える。
「うちの娘と星空デートしたのに、次の日は違う子と魚釣りをしてたわね」
「ちょっと待ってくれよ。悪い話しばっかじゃなくて、いい話しだってあるだろ?」
ジョアンが、周りを見渡した。
「それはさっき言ったわ」
肝心なときに応援がないのは、これまで積んできた悪戯のせいだと言われて、ジョアンががっくり肩を落とす。それを見て、他のたぬきは笑った。
「家出したぽこを最初に見つけたのはジョアンだったわね」
レナの言葉にジョアンが嬉しそうに顔を上げた。
あ……。
一度に思い出が頭の中を駆け巡る。
ママの葬儀の日、一緒にいてくれた。お稽古が辛かったときに遊びに誘ってくれたのも、王都まで手紙を届けてくれたのもそうだ。
私が一人で耐えられないとき、いつもジョアンがいてくれた。
ジョアンと目が合う。
熱い眼差しを受けて、理解する。
これは、旦那様が私を見てくれる眼差しと同じだ。
今までのジョアンの親切の理由をやっと知った。
いつから?
いつからか思い出せないほど前だ。物心ついたときにはジョアンは傍にいてくれた。
微笑んでくれるジョアンは見た目もいい。物憂げな表情は男女問わず人気だ。
気が付いたら、中座敷の台所から飛び出していた。
これまでのジョアンの気持ちを知っても、応えることはできない。
ジョアンの好意に都合のいいように甘えて来た自分が恥ずかしい。
今まで、ジョアンはパパの跡継ぎになりたいだけだと思っていた。
ううん。そんな風に事実から目を反らしてきたのかもしれない。
どれだけジョアンを傷つけただろう。
二つ並んだ花鳥庵と風月廬まで来ると、旦那様が帰ったところだった。
「お、ぽこも帰りか」
腕を伸ばして抱きしめようとしてくれるのを見て、首を振って通り過ぎる。
「今は駄目なんです!」
花鳥庵のにじり口から入って、扉にかすがいをかけて閉じこもる。
「ぽこ、大丈夫かい? 何かあった?」
旦那様が心配してくれるけれど、この気持ちは相談するべきじゃない。
本当に小さい頃から、私は幾度もここで泣いた。
あの時からちっとも成長していない。
今度こそ、自分で自分の気持ちを慰めなくちゃ。そうしなきゃ、私はいつまで経っても成長できないままだ。
外から、旦那様とジョアンの声が聞こえて来たけど、窓から覗くこともできない。
怖かった。
こんな私を大事に想ってくれる二人に嫌われたくない。
でも、ジョアンにはきちんと話すべきだ。
でも、怖い。
でも―、でも――。
「ぽこ、ここに置いておくぞ。化け合戦のときに使ってくれよ」
いつの間にか寝てしまったようで、気が付いたら梟が鳴いていた。
にじり口を開けて外に出たら夜空にあるはずの三連の月は沈んだ後だった。旦那様のいる風月廬にも母屋にも灯りはついていない。
お弁当作り、サボっちゃったな。
毎年恒例の化け合戦は、きつねと勝負するだけでなく、両方の里にとって厳しい冬が来る前の娯楽でもある。
花鳥庵のにじり口近くに、ジョアンからの葉っぱの束が置いてあった。





