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たぬきの嫁入り4  作者: 藍色 紺
第16章 腹に一物、背に荷物
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172話 ぽこと妖精女王

 咄嗟に動けたのは、冒険者として染み付いた癖のおかげだ。

 固まっちまったぽこを胸に抱いてりんごの木の影にある斜面を滑り降りた。

 ちょうどりんごの木の根がむき出しになっており、その窪みに背中をくっつける。


 マントを寄せて胸のぽこを包み、外から見えなくする。フードを目深に被った。


「パセリ、セージ、ローズマリー、タイム」


 ぽこが小声で唱える魔除けの呪文が聞こえて、マントの中でぽこの口を手で塞いだ。


 今日は何日だ?

 嫌な予感で、胃が縮こまる。


 今日は秋の最後の日。生者と死者の国が交わる日と言われている。

 この日、かぼちゃの中身をくりぬいた入れ物でかがり火を炊いて玄関に置いておくのは、悪霊から身を守るためだ。


 迫りくる気配は、妖精女王の一向か、それとも悪霊か。

 そんなものはわからない。

 例えるのなら雪ケ岳連峰の主と出くわしたような恐怖。


 入山の儀式はやってある。だが、妖精女王の取り分である今年初めてのりんごを横取りしたのだから、見つかれば無事では済まされないだろう。


 足音は複数。荒い息が混じっているから獣の乗り物が混じっているはずだ。

 りんごの木の辺りで、聞いたことのない言葉が交わされる。内容は分からないが、苛立った女の声の後、周りが気色ばんだ。


 こいつを探しているのだろう。

 ぽこの巾着ポシェットに入ったゴーストアップルの冷気が俺の脚に当たっている。


 見て確かめたい欲望と、恐怖が入り乱れる。

 必死に俯く。

 禍々しい気配に、見れば瘴気で目が潰れるような気がする。


 諦めきれぬのか、一向はなかなか帰らない。

 頭上からパラパラと土が落ちて来た。すぐ真上で、盗人を探している。


 震えるぽこを抱く腕に力を込めてから、その手で腰元の手斧の柄を握る。

 妖精や悪霊に刃物が通じるとは思えないが、やらないよりはマシだ。

 俺がゴーストアップルを持って出て行けば、ぽこだけでも助かるだろう。


 飛び出さなければならないタイミングを、ギリギリまで探る。

 いつから息を止めているのか、なぜ苦しくないのか。


 獣が鼻をブルッブルッと鳴らした。

 それを合図に、一向は遠のいて行った。


 かなりの時間、恐怖で動けなかった。

 黒い尾の長い小鳥が鳴いた声で覚醒した。


 もう一度頭上に気配がないか探ってから動き出す。


「ぽこ。大丈夫かい?」


 ぽこがびくんっと身体を大きく震わせた。


「はい……」


 マントを開けて、身体を動かすとぽこがこちらを振り返った。


「旦那様は、今のが妖精女王だと思いますか?」


「さぁな。はっきりとはわからないが」


 りんごの木の根を掴んで斜面の上へと上がり、ぽこを引っ張り上げる。

 残った足跡で、獣が大きな鹿だったと判明した。

 二人でりんごの木を見たら、りんごの数が減っている。


「相手が誰でも、最初の一つの見分けがついたってことは確かだな」


 ぽこと目が合った。怯えで瞳が揺れている。


「獲ってしまったもんは仕方ない。俺たちには必要だったんだ。帰ろう」


 帰り道は脚が重かった。



  ❄



 金毛邸(きんもてい)にたどり着き、家人用の玄関をくぐりながら大声で呼びかける。


「初のゴーストアップルを取って来たぞ!」


 脚拭き用の桶を運んできてくれたたぬきが驚いて桶を落とし、中座敷にいたドラド一門が走り出してくる。

 ジョアンが俺を見て、すぐに姿を消した。


「ドン・ドラド様! オズワルドさんが‼」


 誰かが奥座敷までドン・ドラドを呼びに行った間に、朝食を食べる中座敷で座って待つ。

 ジョアンに賭けたたぬきは「嘘だと言ってくれ」と嘆き、俺の賭けた数少ないたぬきが「よくやってくれた!」と近寄っては背を叩く。


 ドン・ドラドはすぐに来た。

 上着の紐も結ばず、慌てたと見える。


「見せてみな」


 ぽこが巾着ポシェットからゴーストアップルを出し、半月型の木の皿に出した。

 が、溶けてりんごの形はしていない。


「これのどこがゴーストアップルだ?」


 ドン・ドラドが両手を拭くの内側に引き入れて、服の前をはだけた。


「氷なんだから溶けて当然でしょ!」


 ぽこが言い返して、ドン・ドラドが目を丸くした。


「溶けて当然なんだから、溶けないように対策するのが当然だ」


「妖精女王に見つかりそうになって大変だったってのに、そんな風に揚げ足取りをするなんてひどい!」


「ただの氷をゴーストアップルだと偽るばかりか、ほら話しまでするのか?」


「何をしたって、パパは認めてくれるつもりないでしょ!」


 こうなってくるとただの親子喧嘩に近くなり、珍し物好きのたぬきたちが、ゴーストアップルの成れの果てを見るために近寄ってきた。

 たぬき密度が高くなって、温かくなり、ゴーストアップルの成れの果ては、とうとうただの水になった。


「やれやれ、妖精女王の名を出されては仕方ない。この試練は撤回してやろう」


「ちゃんと取って来たのに!」


「失敗だと言うこともできるが」


 ぽこは怒っているが、ドン・ドラドはこのやり取りを楽しんでいる様でもある。


 俺の代わりにぽこが怒ってくれるからか、親父さん相手にい竦んでいたぽこが、親子喧嘩できていることに驚いちまったのか、俺はちっとも怒る気になれない。


 苦労したのゴーストアップルが溶けてしまったのは残念だが、二人にはこの時間が必要なのだろう。

 それに、妖精女王の取り分を誰が食べるかは大問題だったのだ。このまま空中に消えてしまう方がいいだろう。


 やれやれである。


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