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たぬきの嫁入り4  作者: 藍色 紺
第15章 ようこそたぬきの里へ
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154話 ぽこの里

 王都から出発するとき、ぽこは、インマーグの山奥にあるたぬきの里に到着する日をしきりに気にした。


「レナの結婚式よりできるだけ早く帰りたいんです」


 たぬきの里に帰るとなれば、やはり里心でもついたのだろうか。

 ぽこが家出をして二年になろうとしている。


「ぽこが帰ればどうしたって騒ぎになります。レナの結婚式にはレナに主役でいてもらいたいんです」


 なるほど、ぽこらしい気遣いだと思った。


 家出した娘が男を連れて帰ってくる。しかも、相手が人間となれば大騒ぎになること間違いなしだ。

 前もって里に帰り、しっかり祝いたいという意向はすぐに納得できた。


 ぽこの願いは、ジョアンたちによって叶えられそうだ。

 たった一週間で丸湖(まるこ)様まで着いた。


 花見をした近くで、同じようにたぬきのお面を頭に被された。

 望み通り早くたぬきの里に帰られそうなのに、紐を結ぶぽこの手が震えている。


「里に帰るのは嫌かい?」


「いいえ。ただ、怖くって」


 足元にはぽこ好みの鮮やかな赤い葉がこんもりと積もっている。

 ぽこは、それに見向きもしないほど緊張しているようだ。


 恋人の父親に結婚の挨拶に行く俺の方が幾分か落ち着いている。


 親無しで育ったせいか、この辺りのぽこの些細な気持ちの揺れは聞かないと分かりにくい。

 親父さんに掴まるかもしれない不安があるのは聞いているが、他にも理由がありそうだ。


「もしかして、俺を連れて帰るのが怖いのかな?」


「やっぱりパパに旦那様を紹介するのは緊張しますよ」


 冗談半分で質問した内容を肯定される。思い当たることは沢山あるが、一番はこれだろう。


「俺が人間だから?」


 ぽこと俺の間にはさかる大問題。

 たぬきと人間を指摘されても、どうしようもない。


「そりゃ驚くでしょうけど、例えたぬきであっても緊張します。ぽこの大切な旦那様にパパが何をしでかすか心配しちゃうんです」


 ぽこもジョアンも、レナだってドン・ドラドを怖いと言う。


「俺なら何を言われても、されても大丈夫だ」


 安心させるように頭を撫で、本来あるはずの耳に口を寄せた。


「ぽこが閉じ込められたら、俺がかっさらう」


 ぽこが俺の腰にしがみついて頷いた。

 震えは止まっている。


「いいか? 入るぞ」


 ジョアンが先に立ち、手に紙製の見たこともないカンテラを持って林の奥へと進んだ。

 薄暗い林の中、ぽこと手を繋いで歩くと、耳元でお面についた鈴が鳴る。


 前回と同じように林の奥には門戸のない変わった門があった。

 二人に続いて、一礼してから潜る。



  ❄


 春、わんさか薄ピンクの花をつけていた木は落葉させていた。花見のときにはどこまで進んでも同じ景色しかなかったが、今は木立の奥にまた同じような門を見つけた。

 朱色の門が色を失った山の奥へと点在する。


 二つ目の門を抜けた先には、見たことのない不思議な景色が広がっていた。


 山の斜面に黄金が揺れていると思った。

 二人について村の奥へと進むと、その正体が分かった。

 斜面に沿ってできた階段状の畑に、作物が実り、それが黄金色に輝いているのだ。


 たわわに実った穂先が重みで垂れ下がっている。

 どこからか一定のリズムで水車の音が響いている。きっとこの実をひいているのだろう。


 棚状の畑には、多種多様なたぬきがいた。

 人間姿の者は、リラックスしたときのぽこのように耳と尻尾が出た者もいれば、頭部だけたぬきのままの者もいる。服もてんでバラバラで、ズボンを無理やりカーディガンのように羽織っているのもいる。


 里のたぬきは、驚いた顔で眺めている。

 脇道から、小さなたぬきが六匹飛び出してきて、俺たちを囲んだ。

 先頭の一匹をジョアンが抱き上げる。


「ジョアン! 王都はどうだった?」


 甲高い声、まだ幼い子たぬきのようだ。


「すっげぇでかかった!」


 得意顔のジョアンの顔先に、黒い手袋をした前脚を突き出す。


「お土産頂戴!」


「その前にお使いに行ってくれ」


 子たぬきが小さく文句を言いそうになって、ジョアンにお土産の入った袋をちらつかされた。


「そっ、それ、お土産⁉」


 釣られて生唾を飲んだ。


「ジョアンが、ぽこを連れ帰ったってドン・ドラドに伝えてくれ!」


 袋から一粒のショコラを出すと、小爆発を起こして子たぬきは勝気そうな少年になった。

 騒ぎ出す他の子たぬきより早くショコラを口に含んで、走り出した。


 その後を、何匹からの子たぬきが追いかけ、残った子たぬきは俺を見上げる。

 見知らぬ大男が怖いらしく、後退った。


「ドン・ドラドに挨拶が済んだら、お土産配ってやるから、皆を呼んどきな」


 ジョアンの声に何度も頷いて姿を隠した。

 それを見送ってジョアンが笑う。


「大金はたいてショコラの大袋を買ったのは、子たぬきたちを買収するためね?」


 ぽこの言葉に、ジョアンが頷く。


「そ。力任せだけじゃなくて、こうやって地道に俺のファンを増やしてんの」


 なるほど。あの子たぬきたちは未来の血威無恨暗(チームジョアン)候補というわけだ。


「パパに言いつけてやるから」


「ぽこが俺と結婚するなら喜ぶだろうよ」


 ぽこがジョアンの言葉を無視して、俺を見上げる。


「旦那様、あれがぽこの実家です」


 指さした方には、見たこともない大きな竹林に囲まれた大きな屋敷が見えた。

 変わった屋根の素材、三つの風変りな建物が繋がっているようだ。

 隣に池があり、カモが泳いでいる。


金毛邸(きんもてい)と呼ばれています」


「立派な屋敷だ」


 想像以上に、たぬきの文化と俺の文化の違いを感じて、身を引き締めた。


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