171話 ぽこと林檎
「今年最初のゴーストアップルを取って来てもらいたい」
これがドン・ドラドから出された課題だ。
周りのたぬきたちが「最初の」「ゴーストアップル」と呟く反応からするに、無理難題ってことはわかる。
「初物を食うと寿命が延びると言われておる。息子候補なら儂の健康を祈るのは当然だろう?」
ジョアンとぽこをかけた勝負なのだから、できませんとは言えずに、引き下がった。
❄
早速、野生のりんごの木を探しにぽこと森に入って七日目だ。
「ゴーストアップルっていうのは、雨氷に覆われたりんごの中身が腐り落ちてできる、りんご型の氷です」
「雨氷か。もう少し山を登ろう」
やたら冷たい雨のことを雨氷という。
普通なら雪や雹になるのだろうが、どういうわけだかそうならないまま落ちてきて、木や地面についた衝撃で凍るのだ。
珍しい自然現象だが、確か起伏の激しい山間部の方で見た記憶がある。
今回は、それがりんごの形で固まっていなくてはならない。
いよいよ冬を迎え、たぬきの里にも雪が薄っすら積もった。時期的には初物のゴーストアップルができる頃合いだ。
野性のりんごの木を探し出し、毎日雨氷がついていないか確認するが、全く気配はない。
俺のお古の防寒具を来たぽこが、また無理難題に怒り始めた。
よく七日間も怒りが保てるものだ。
「ジョアンのことは、問題ありません。ぽこが認めなければいいだけですから。そもそも結婚相手をパパに紹介してるってのに、違う男と競わせるとかありえませんよね。愚策としか言いようがありません!」
あれからジョアンはせっせとぽこに貢物をしているが、受け取って貰えていない。
たぬきの里では、俺とジョアンのどちらが勝つかで賭博が始まった。
掛け率は俺が圧倒的に不利だ。ジョアンはこれまでの積み重ねで里のたぬきからの信頼があるし、ぽことつり合いの取れた若さで、しかも、見た目もよい。ぽこが拒否を貫いているのに、諦めないところも応援したくなるらしい。
それに対して俺は、圧倒的不利な状況だ。
元より誰かの応援なんざ期待しちゃいないが。
「ゴーストアップルねぇ」
「実はそれより、初物っていうのが気になります」
「というと?」
「最初の一つは妖精女王への捧げもの、おつきの妖精が数個取って、残りが他の生き物分だと言われています」
「妖精女王の分をぶんどって来いってことか」
なるほど。たぬきたちが驚いていたのはこれも理由の一つらしい。
全くもって、ドン・ドラドの悪知恵には恐れ入る。それほど、ぽこを俺に嫁にやりたくないのだろう。
「ぽこは妖精を見たことがあるかい?」
「ありませんね」
「実は俺もそうだ」
冒険者として数々の魔物を相手にしてきているが、妖精は見たことがない。話としては聞いたことがあるが、眉唾物だと思っている。
いわく、彼らは非常に恥ずかしがりやである。
いわく、彼らに会った者は生きて帰れない。
とか何とか。治癒士の中には精霊から力を分けてもらう者もいるが、浮世離れした彼らの話す言葉自体が夢物語のようでもある。
「あ、そうだ。いい魔除けの呪文を思い出しました」
前を歩いていたぽこが、得意げな顔で振り返った。
「奇遇だな。俺もだ」
「じゃ、同時に発表しましょう! せーの!」
「「パセリ、セージ、ローズマリー、タイム‼」」
全く同じで、笑い出してしまう。
「ぽこはおばぁに習いました」
「俺は爺さんだな」
「おかしくないですか?」
「たぬきと人間なのに」
たぬきの里に来て、文化の大きな隔たりを楽しんでいる。だのに、魔除けの呪文が同じなのだから、愉快で仕方ない。
「あ! あれは⁉」
ぽこが指差す方には、氷でできたりんごがあった。
落葉した木々から差す木漏れ日に反射し、煌めいている。
「初物だろうか?」
「そんな証拠ってどこにもないですから、これは初物ですよ」
いかにもたぬきらしい説得だ。
不可能かもしれなかった試練を乗り越えられそうな高揚感で、ぽこも俺の顔も上気している。
「結婚。結婚です!」
ぽこに頷いて、ゴーストアップルに手を伸ばしたとき、背筋が凍り付いた。





