169話 ぽこへの決意
結婚式の後、また籠を担いで、今度は花婿の家までの道中を挨拶をしながら歩いた。
花婿の家ではご馳走が用意されていて、辿れるだけの親戚が集まって食事をする。
俺とジョアンは、花婿の籠を担いだ礼としてお呼ばれになった。
「それにしてもレナはうまく化けてるぜ」
ジョアンは既に酔ったのか、片膝を立てて座り、手で料理をつまんでいる。
「いつもに増して綺麗だな」
「おっ! 別嬪な嫁が欲しくなったかい?」
顔を真っ赤にした呂律の怪しい男が俺とジョアンに絡んできた。酒瓶を手向けてくるから、椀で受ける。
「花婿の籠持ちが里の若手から選ばれる理由ってのはね、男の尻に火をつけるためよ。うぃっく」
「火なんかとっくのとうについてる! 火傷で毛皮が焦げそうさ!」
「いいねいいね! 若者よ、恋をして産めよ増やせよ、子だぬきを!」
男の囃し声に、ジョアンが鼻息荒く立ち上がった。
「やる! 俺はやるぜ!」
大声に、酔っ払った周りのやつらがわけも分からずに、応援し始めた。
「ぽこぉ? ぽこはどこだぁ!」
ジョアンが千鳥足でぽこを探し始め、花婿の屋敷を奥へと行ってしまった。
さっきから俺もぽこを探しているが、屋敷全体を使った宴でぽこの姿は一度も見ていない。
きっとドラド家の娘としての役割を果たしているのだろう。
意気込んだジョアンのことを心配したが、祝いの席を俺とジョアンの喧嘩で汚すわけにはいかない。
慣れない二本の棒をフォークの代わりに使い、出された食事をもそもそ食べた。
稀にレナと花婿の兄弟や親が世話になったと挨拶に来てくれたが、それだけだ。
酌をしてくれるたぬきも殆どおらず、俺だけ素面のまま、どんちゃん騒ぎの中で浮いてきた。
出された物はあらかた食べたし、そろそろお暇するとしよう。
席を立って、静かに玄関から退席した。
花婿の家から、金毛邸を目指して歩く。
刈り入れが終わった畑を縫って走る用水路を眺めながら、今日のぽこを思い浮かべた。
以前、ぽこにたぬきの文化を教えて欲しいと願った。
大きな文化の隔たりに戸惑うことだらけだが、妙なことに嫌ではない。
赤壁山を見上げると、頂点が白く煙っている。上が吹雪いているから、今夜は冷え込むだろう。もうすぐ本格的な冬が来る。
頭の中は冴えているし、腹も決まっている。
タイミングさえあればやろう。
いや、タイミングを作ろう。
その前に、ジョアンに先を越されたら? 同じたぬきがいいと誰もが言い出したら?
吐いた息が白く、空寒い。
「旦那様!」
振り返ると、ぽこが追いかけてきていた。着飾っているからひどく歩きにくそうで、俺の目の前で転びそうになるのを支える。
ぽこが吐く息も白いが、今度は心和んだ。
「急にいなくなるから、驚きました。ぽこも一緒に帰ります」
「接待はもういいのかな?」
ふふふと小さくぽこが笑う。
「皆さん酩酊されていますから、もうぽこがいなくても気づかないんじゃないですかね」
ジョアンと会ったか聞こうとして、思いとどまる。
タイミングさえ合えば――。
「あぁ、疲れてしまいました。この服は堅苦しくって!」
ぽこが頬を膨らまして集中する。
「もう暫く、そのままでいいんじゃないか?」
「え?」
ぽこの頬が萎んだ。化け術を使うときは、いつも頬が膨らむ。
「その、なんだ――。綺麗だしな」
思わずそっぽを向いてしまう。
「はい!」
ぽこから手を繋いできた。冷えた小さな手を俺の手で温めながら、金毛邸までゆるゆると歩く。
長閑な里山で、農業用水には首と脚の長い鳥が立って、川面をじっと見ている。
葉を殆ど落とした楓の木まで来たら、ぽこが残った葉を見上げた。
「空の色に染まって綺麗ですね」
紅色の葉は、茎元が黄色い。空は紺碧色の夜が忍び寄って来ている。
陽と陰がもうすぐ入れ替わる。
今日やろうと決めたはずだ。
自分を鼓舞する。
「旦那様? どうかしましたか?」
ぽこが俺を見上げる。どれだけ見ても飽きない可愛らしさに後押しされる。
「うまくいく日もある」
「そうですね?」
「うまくいかない日もある」
「はい」
「俺は、うまくいかない日も、ぽこと一緒ならそれでいいと思える」
「ふふふ。ぽこもですよ」
首を傾げて笑う様は、そこだけ春が来たようだ。
ぽこと向き合って、両手を取った。
「ぽこの親父さんに結婚の挨拶をしよう」
息を飲む音がした。
ぽこの笑顔が、くしゃくしゃに歪む。
幾度も幾度も「はい」と返事してくれる。
返事の度に、恥ずかしがらずに言葉に出してよかったと思えた。
充足し、二人で金毛邸へ向かう。
群青色の空に三連の月が輝き、俺たちの行く手を照らし出した。





