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たぬきの嫁入り4  作者: 藍色 紺
第16章 腹に一物、背に荷物
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165話 ぽこと稲刈り①

 隣の花鳥庵(かちょうあん)からぽこが出て行く気配で目が覚めた。


 朝か?


 紙でできた窓越しに、空が白んでいる。


 今日は稲刈りだと言っていたっけ。


 何をすればいいかわからず、動きやすい服でぽこが消えた方へ歩を進めた。

 金毛邸(きんもてい)の中座敷の端から煙が立っている。

 煙を出す部屋を覗く前に、せわしない音や声で台所だと見当がついた。


 中で、五人の使用人がせっせと料理を作っている。

 あるものは、汁物を作り、あるものは白い穀物を炊いたものを冷やしている。それらをぽこの四番目の兄さんが管理している。

 ぽこは、白い穀物を濡らした手で握り、二人に見本を見せた。


「一つ分はこのくらいの大きさです。具は、梅と山菜の佃煮の二種類です。よろしくお願いします」


 ぽこを含めた三人で白い穀物の中に具を入れて握る。その手が真っ赤で、炊き立てでまだ熱いのだろうと予測できた。


「何を手伝おうか?」


 腕まくりして近づくと、その場にいた皆が驚く。


「お客さんにそんなことさせられまへんわ」


 四番目の兄が恐縮し、他の皆が同意する。


「俺はぽこの婚約者だから、客じゃない」


「そうは言っても」


「忙しいのだし、手伝って貰いましょう」


 反対意見を忙しさが上回りそうで、安心して周りを観察する。

 何をすべきだろうか。

 水は竹筒から出ているのを使っているから汲まなくていい。したことのない調理に参加して迷惑をかけるわけにもいかない。


「じゃあ、旦那様はご飯を冷ましてください。そうしたら私がおにぎりに専念できますから」


 大釜で炊いたご飯っていう白い穀物を、まんべんなく混ぜて、底の浅い木桶に広げる。それを扇いで冷ます。

 それと並行して、プラムに似た梅という実をほぐして種を取り出し、山菜の佃煮という物を刻む。どれも作業がスムーズに進むように残量に注意せねばならない。

 おにぎりを作る三人の手は早く、この管理だけでも大変だ。


 ふとぽこを見たら、額に汗をかいていた。いつも持っている布で拭いてやると、他の者から囃し立てられた。

 これがいい話しのきっかけになった。


「優しい旦那様でいいねぇ」


「そうなんです」


「人間って本当?」


「本当ですよ」


「あらまぁ」


 手を動かしながらでも三人はよく喋る。俺を興味津々の顔で観察する。


「こんなにたくさんのおにぎりをどうするのかな?」


 会話に参加すると、気のいい二人は返事をしてくれた。


「今日は村の者みんなで稲刈りですから」


「食事の心配をしなくていいように、ドン・ドラドが準備なさるのです」


「じゃあ、里のもんの数だけ作るわけだ」


 おにぎりの山が乗った大小様々なお盆がずらりと並べられ、台所を占拠している。

 おにぎりを作る傍らで、これまた巨大鍋に汁物が作られているから、あれもふるまい分だろう。


「さぁ、そろそろ集まれ!」


 廊下を速足で声をかけながら歩くのは長男のアルベルトだ。


 台所を取り仕切る四男の声かけで、立ったまま朝飯を済ませて、金毛邸(きんもてい)を出た。



  ❄



 青空高い下に、数えきれないほど多くのたぬきたちがいた。

 大人は手に鎌を持ち、危なっかしいチビたちを年上の子供が面倒見ている。もう少し大きな子らは手伝うために人間姿に化けている。言われた通り、里の者総出のようだ。


「ここから扇状に班ごとに手分けします」


「里の稲は共有財産なのだな」


「そうです」


 黄金に輝く稲穂は美しく、たぬきたちは今日の仕事への使命感に燃えている。

 皆がドン・ドラドの開始合図を待っている中、悲鳴にも似た歓声が上がった。


「ジョアーン!」


 ジョアンが、呼び声に応じて手を上げると、また声があがった。女性だけでなく、野太い声も混じっている。

「おはよう、ぽこ!」


「おはよう」


 ジョアンは、俺に目もくれずにぽこの隣に並んだ。馴れ馴れしく腰を抱こうとして、手で払われる。

 懲りない男だ。


「今日はぽこの握り飯が食えるのが楽しみで早起きしちゃったぜ!」


「旦那様と一緒に作ったやつだね」


「ぐえっ」


 カエルが潰されたような声を出し、ようやくジョアンが俺を見た。


「次は俺も手伝う」


「いらない」


「何だよ。つれないこというなよ」


 ぽこが返事をしなくなり、ジョアンが苛ついたように眉根をしかめて、俺に人差し指を突き付けた。


「どっちがたくさん刈れるか、勝負だおっさん!」


 周りから三度目の歓声があがる。


「旦那様は初めてなのに、勝負なんてずるいよ!」


「俺は構わんよ」


 今度は、男衆が興奮した声をあげた。彼らは勝負事が好きなのだ。


「勝った方がぽこと結婚するってのはどうだ」


 入れ替わりに女性たちが抗議の声をあげた。ジョアンがもてるというのは本当らしい。


「つまらんことを言うな。ぽこは賭けの商品じゃない」


 ぽこが俺の腕にしがみついてくる。


「今日、一番よく働いた奴には、王都土産のヘレス酒を瓢箪一つ分やろう!」


 ドン・ドラドの太い声が里に響く。里中のたぬきが雄叫びを上げ、赤壁山にこだました。


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