165話 ぽこと稲刈り①
隣の花鳥庵からぽこが出て行く気配で目が覚めた。
朝か?
紙でできた窓越しに、空が白んでいる。
今日は稲刈りだと言っていたっけ。
何をすればいいかわからず、動きやすい服でぽこが消えた方へ歩を進めた。
金毛邸の中座敷の端から煙が立っている。
煙を出す部屋を覗く前に、せわしない音や声で台所だと見当がついた。
中で、五人の使用人がせっせと料理を作っている。
あるものは、汁物を作り、あるものは白い穀物を炊いたものを冷やしている。それらをぽこの四番目の兄さんが管理している。
ぽこは、白い穀物を濡らした手で握り、二人に見本を見せた。
「一つ分はこのくらいの大きさです。具は、梅と山菜の佃煮の二種類です。よろしくお願いします」
ぽこを含めた三人で白い穀物の中に具を入れて握る。その手が真っ赤で、炊き立てでまだ熱いのだろうと予測できた。
「何を手伝おうか?」
腕まくりして近づくと、その場にいた皆が驚く。
「お客さんにそんなことさせられまへんわ」
四番目の兄が恐縮し、他の皆が同意する。
「俺はぽこの婚約者だから、客じゃない」
「そうは言っても」
「忙しいのだし、手伝って貰いましょう」
反対意見を忙しさが上回りそうで、安心して周りを観察する。
何をすべきだろうか。
水は竹筒から出ているのを使っているから汲まなくていい。したことのない調理に参加して迷惑をかけるわけにもいかない。
「じゃあ、旦那様はご飯を冷ましてください。そうしたら私がおにぎりに専念できますから」
大釜で炊いたご飯っていう白い穀物を、まんべんなく混ぜて、底の浅い木桶に広げる。それを扇いで冷ます。
それと並行して、プラムに似た梅という実をほぐして種を取り出し、山菜の佃煮という物を刻む。どれも作業がスムーズに進むように残量に注意せねばならない。
おにぎりを作る三人の手は早く、この管理だけでも大変だ。
ふとぽこを見たら、額に汗をかいていた。いつも持っている布で拭いてやると、他の者から囃し立てられた。
これがいい話しのきっかけになった。
「優しい旦那様でいいねぇ」
「そうなんです」
「人間って本当?」
「本当ですよ」
「あらまぁ」
手を動かしながらでも三人はよく喋る。俺を興味津々の顔で観察する。
「こんなにたくさんのおにぎりをどうするのかな?」
会話に参加すると、気のいい二人は返事をしてくれた。
「今日は村の者みんなで稲刈りですから」
「食事の心配をしなくていいように、ドン・ドラドが準備なさるのです」
「じゃあ、里のもんの数だけ作るわけだ」
おにぎりの山が乗った大小様々なお盆がずらりと並べられ、台所を占拠している。
おにぎりを作る傍らで、これまた巨大鍋に汁物が作られているから、あれもふるまい分だろう。
「さぁ、そろそろ集まれ!」
廊下を速足で声をかけながら歩くのは長男のアルベルトだ。
台所を取り仕切る四男の声かけで、立ったまま朝飯を済ませて、金毛邸を出た。
❄
青空高い下に、数えきれないほど多くのたぬきたちがいた。
大人は手に鎌を持ち、危なっかしいチビたちを年上の子供が面倒見ている。もう少し大きな子らは手伝うために人間姿に化けている。言われた通り、里の者総出のようだ。
「ここから扇状に班ごとに手分けします」
「里の稲は共有財産なのだな」
「そうです」
黄金に輝く稲穂は美しく、たぬきたちは今日の仕事への使命感に燃えている。
皆がドン・ドラドの開始合図を待っている中、悲鳴にも似た歓声が上がった。
「ジョアーン!」
ジョアンが、呼び声に応じて手を上げると、また声があがった。女性だけでなく、野太い声も混じっている。
「おはよう、ぽこ!」
「おはよう」
ジョアンは、俺に目もくれずにぽこの隣に並んだ。馴れ馴れしく腰を抱こうとして、手で払われる。
懲りない男だ。
「今日はぽこの握り飯が食えるのが楽しみで早起きしちゃったぜ!」
「旦那様と一緒に作ったやつだね」
「ぐえっ」
カエルが潰されたような声を出し、ようやくジョアンが俺を見た。
「次は俺も手伝う」
「いらない」
「何だよ。つれないこというなよ」
ぽこが返事をしなくなり、ジョアンが苛ついたように眉根をしかめて、俺に人差し指を突き付けた。
「どっちがたくさん刈れるか、勝負だおっさん!」
周りから三度目の歓声があがる。
「旦那様は初めてなのに、勝負なんてずるいよ!」
「俺は構わんよ」
今度は、男衆が興奮した声をあげた。彼らは勝負事が好きなのだ。
「勝った方がぽこと結婚するってのはどうだ」
入れ替わりに女性たちが抗議の声をあげた。ジョアンがもてるというのは本当らしい。
「つまらんことを言うな。ぽこは賭けの商品じゃない」
ぽこが俺の腕にしがみついてくる。
「今日、一番よく働いた奴には、王都土産のヘレス酒を瓢箪一つ分やろう!」
ドン・ドラドの太い声が里に響く。里中のたぬきが雄叫びを上げ、赤壁山にこだました。





