163話 ぽこと風月廬①
耳と尻尾を出したレナの後ろを歩いて行く。
中座敷から出た飛び石の分かれ道を、奥へと辿った先に簡素な小屋が二つ並んでいた。
金毛邸の豪華さとは対になるような、ほっと安心できる雰囲気だ。
「ここがおじさんの部屋よ。好きに出歩いても大丈夫だけど、ドン・ドラドのいらっしゃる奥座敷には近づかない方がいいわ」
レナが腰を屈めて、えらく小さな入り口から入っていく。大きめの扉の半分程度の幅しかない。高さだけなら半分をとうに切っている。
俺はあの入り口から入れるだろうか。
心配してしまうほど小さい。
後に続かずに、破壊せずにどう入るのか思案していると、小さな入り口の向こう側からレナが呼んだ。
「他に入り口があるなら言ってくれよ」
「今言ったでしょ?」
横開きの扉から中に入ったところは台所だった。
俺と入れ替わりにレナが出て行き、説明もないまま部屋を見学する。
台所の床は板張りで、他の二つの部屋は草の絨毯だ。紙でできた扉で仕切りがしてあり、どこが本当の扉で、どこが仕切りかよくわからない。おまけに開けたら納戸というのもあった。納戸に畳まれて入っているのは布団だろう。
妙に狭い部屋は、中央部分に炉がある。
どうにも不思議な部屋だ。
一段高い部分には絵が飾ってあり、しげしげと眺めていると背後で小さな入り口が開く音がした。
「ぽこに会わせてくれないかい?」
「ぽこならここですよ」
勢いよく振り向くと、レナではなくぽこがいた。
閉まる小さな扉の向こうで「ごゆっくり」と声に出さずに口を動かすレナが見えた。
「閉じ込められずに済んだようだな」
ぽこへの超反応を誤魔化したくて、違う話しをしてしまう。
「旦那様とレナのおかげです。あそこが私がいる花鳥庵ですよ」
円形の紙窓を開け、隣の建物を指さす。
「近いな」
「レナのおかげです」
普段、たぬきのぽこを抱いて寝ているのに、今は近いってだけで照れ臭い。
親父さんに反対されているが、相手の家族に婚約者として扱ってもらうのは初めての経験だ。
いつもならぽこから近寄ってくるのに、ぎこちなく微笑んで一定の距離がある。
草を編んだ絨毯に座って、炉を挟んで向かい合う。
親父さんや兄弟たちと話をした結果、よそよそしくなることに若干の不安がよぎった。
結婚の挨拶に来ているのだ。ここまで来たら、不安だとか恰好つけようなぞ思っても無駄だ。破断になれば泣いて帰るしかない。
そんな真似はしたくなく、よそよそしい態度を取ってしまっている。これはよくない。
ぎくしゃくした気持ちを整理することに注力する。
俺の場合は照れ臭いだけだが、ぽこの場合は、何だろうか。
考え始めたところで、ぽこから声がかかった。
「お茶飲みますか?」
返事も待たずに、炉に火を入れ、奇妙な形の釜に水を入れた。たぬきの尻尾が描かれているのに気付いた。
炭がチリチリと音を立て、釜から湯が沸く音が聞こえるほど静かだ。
ぽこは、竹細工の柄杓で湯をすくって緑色のお茶を淹れてくれた。
動作一つずつが形式ばっていて、見たこともないマナーが存在するのだろうとは見当がつく。
「苦い」
ぽこが悲しそうな眼差しで無理に笑う。
「お茶の入れ方もママに習いました。これ、凄く沢山の心遣いやマナーがあるんですよ」
「そのようだ」
知りたいとは思わない。ぽこが淹れてくれたお茶だから飲んだだけだ。
「パパから何か聞きましたか?」
「まぁな」
組んだ脚が痛くなって組み直そうとして、怠くなってうつ伏せに寝転んだ。
たぶんマナー違反だ。
「ぽこを見てたら肩が凝った」
ん。と、背中を見せたら、ぽこがやっと近寄って来た。小さな手で背中を揉んでくれる。
何かきっかけが必要だっただけか?
「誤解もあったようだが、ぽこはどう思ったんだい?」
「呪いみたいだなって」
「呪いって?」
意外な言葉だ。
親父さんや兄弟と仲直りする方向へ行くのかと思っていたが、何か違う要素があるらしい。
「お茶一つ取ってもそうでしょう? こんな手順を踏まなくても美味しいお茶は淹れられるはずなのに、こうしなければならないなんて概念を植え付けられるのは呪いではないですか?」
「うーん。そりゃあ物の例えだろう? クローデン星の会のフォークの順だって俺にとっちゃ脅迫じみたマナーだが、あの後ぽこは理由を教えてくれたじゃないか。お茶の手順も何か理由があるのだろうよ。やりたいとは思わんが」
うつ伏せのまま首を斜めに伸ばすと、関節が音を立てた。
話しをするだけでも肩が凝る。
ぽこはため息をついた。花の咲いたような笑顔が愛らしいのに、全く元気がない。
「はっきり言ってしまいますね。ぽこは赤ちゃんが欲しいです。でも、それもママから植え付けられた夢かもしれません」





