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たぬきの嫁入り4  作者: 藍色 紺
第15章 ようこそたぬきの里へ
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162話 ぽこの実家の蒸し風呂

 ただならぬ気配に一気に覚醒する。


「儂だ」


 先に声が届くのは、俺に敵ではないと示すためだろう。

 飛び石を渡ってドン・ドラドがのそりのそりと歩いて来た。

 寝息を立てている子たぬきたちを見て、頬を緩める。口角が下がって不機嫌に見えるのは元からの人相らしい。


「身体が冷えちまっただろう」


 裸に腰布を巻いただけでうたた寝したせいで、言われたように寒かった。


「蒸し風呂に入ろうや」


 蒸し風呂?


 何のことかわからん俺の隣で、ドン・ドラドが変わった服を脱いだ。

 全裸になって、でかい尻を叩く。


「行くぞ」


 露天風呂の近くにある小屋に入ると、蒸気に襲われた。

 小屋の中は異様に暑くて、湿度が高い。


 高低差のある木の長椅子が置いてあり、ドン・ドラドが下の長椅子に座った。

 距離を置いて俺も座る。

 長椅子も温かく、毛穴が開く。


「ちとぬるいな」


 長椅子の反対方向には、石が積まれていた。

 ドン・ドラドが、桶から水を汲んでその石に振りかけた。


 音を立てて、石から蒸気が上がった。

 一気に室温が上がった気がする。


 なるほど、蒸気を上げた熱い部屋で身体を温めるから蒸し風呂というわけだ。

 汗が噴き出す。


「今、ぽこと少し話しをしてきた。狼に襲われたところを助けて頂いたそうだな」


 ドン・ドラドが頭を下げて礼を言うので、こちらも改まって礼をする。

 中座敷のときと態度が違うのは、今は父親として話しているからなのだろう。


「ぽこが儂をパパと呼ぶのは末っ子の甘えだと思っていたが、違ったようだ」


 ドン・ドラドが、ぽこから聞いたばかりの話を教えてくれた。


「それだって甘えの一種でしょうがね」


 ドン・ドラドが俺の顔をあらためた。


「まぁそういうな。堪えてるんだから」


 ドン・ドラドが手で額にかいた汗をぬぐう。厳めしい顔に刻まれているのは大きな爪痕と数えきれないほどの皺だ。中でも眉間の皺は深い。

 ドン・ドラドの苦労を感じてしまい、どうしてか余計な世話を焼きたくなった。


「誤解は解いたのですか?」


「どうして誤解だと思う?」


「ぽこは一途です。そして、ようやく広い視野を手に入れようとしています。レナの結婚式への参加をいい分かれ道にしたいと願っているのだと思っています」


 ドン・ドラドは話を黙って聞き「出よう」と言って蒸し風呂から出た。

 露天風呂の湯で汗を流すのを真似し、なみなみと湯を張った大きな壺に入れと言われる。


「思い切って飛び込むといい」


 隣の壺にドン・ドラドが飛び込み、俺が続く。


「冷たっ!」


 妙な叫び声を上げてしまい、ドン・ドラドが笑う。


「水じゃないですか!」


 深刻そうな顔で騙しやがって、こんのたぬき親父め!


 ドン・ドラドが愉快で堪らなさそうに、腹を揺するたびに水が壺から溢れる。

 だいたい、大男が入れる大きさの壺なんてたぬきの里以外で見たことがない。

 蒸し風呂に水風呂、知らないことばかりだ。


「また蒸し風呂に入るぞ」


 ドン・ドラドの後を追いかけて、また蒸し風呂に入った。一度目よりも身体が軽い気がする。


「あれは真ん中の子らを産んだ後、肥立ちが悪くてね」


 石で蒸気を立て、続きが始まった。ぽこのおふくろさんの話だろう。


「真面目で働き者で、勝気でね」


 ドン・ドラドの話しぶりから、心底惚れているのだと伝わってくる。


「どんどんできることが減っていって、あれは自分を強く責めた」


 ぽこの話を聞いているようで、俺まで落ち着かなくなってくる。


「家のことは全て自分が取り仕切るから、儂にドン・ドラドとしての仕事をきっちりやるようにって宣言して、本当にやり始めちまった。信じられるかい? 昨日まで青白い顔をして食事もままならなかったってぇのによ」


「奥様にとって自慢の夫なのですね」


「何が自慢なもんか。子だぬきを七匹育てるってだけで大変なのに、俺は手伝い一つしなかった。何度も手伝いを入れようって話したのに、頑として聞き入れなくてよ」


 近い将来の己とぽこを見ているようで、返事ができない。


「自分はそう遠からず死ぬけれど、それは自然の成り行きだから悲しむな。憐れむなって言うのさ。それよりも精一杯生きた証が欲しいって言われてね。それで生まれたのがぽこだ」


「同時期の兄弟たちは」


「死産だった。たった一匹生まれたのが念願の雌でね。あいつはぽこが自分の孫をまた産んで、命を繋げていけるって喜んだもんだよ。今にして思えば、ぽこが末っ子なのに子育てや生活の知恵を多く教えられたのはあいつの願いだったんだろうな」


 女親は、娘が産む子を大層可愛がるという話は聞いたことがある。

 女同士にしか伝わらぬ何かを後世に伝えたい想いが、ぽこへの厳しい躾けと教育になったのだろう。その結果、おふくろさんが亡くなった後、ぽこが家事を一手に請け負うようになってしまった。

 皮肉なものだ。


「あれが死んで、俺はぽこに妻の面影を感じちまって、仕事を言い訳にぽこから逃げた。家出したのは俺のせいだ」


 何も言えず、前屈みになって前髪から落ちる汗の粒を見ることしかできない。


「なぁ、ぽこは女としての機能があるかね」


「は⁉」


「ぽこは小せぇだろう? あれも随分気にしていた。こんなに小さくては身ごもれないかもしれないってね」


 多いに慌ててしまう。

 種族変更の薬で問題が解決してから、夫婦として正しい子作りをしたいだなんて、本人にも話せていない内容を、父親相手に宣言せねばならないのか。

 汗が噴き出すのは、蒸し風呂のせいだけではない。


「ぽこがあれの生きた証だって皆が知ってる。ちぃとばかし過保護に育てちまったから、はねっかえりでね。ジョアンがぽこを見つけたら、あいつと結婚するもんだと思ってたのによ。外で恩返し中の男に惚れこんだって言うじゃねぇか」


 それが人間だったってわけだ。


「それが人間だっていうわけさ」


 来たぞ。いよいよ本題だ。

 先刻から話してくれている内容は、真実に違いない。だからこそ、俺の同情を誘う。


「ぽこを本当に愛しているのなら、たぬきとしての幸せを考えてやってくれ。礼として里への侵入は見逃そう。好きなタイミングで消えろ。そして、二度とぽこに会うな」


 無論、ぽこにもおふくろさんがぽこに子供を産んで欲しいと願っていた話しはしたはずだ。だから、俺と別れろと言ったか言わなかったか。どちらがぽこには効果的か計略を練ったはずだ。


 ドン・ドラドは、言うだけ言って蒸し風呂から出て行った。



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