第1話「お茶会」
「私が襲撃することをわかっていたのですか……?」
「あなたの計画が上手くいくように、衛兵は撤退させたよ」
月明かりが差し込む廊下で、私と魔法使い様は向き合いながら言葉を交わしていた。
淡い月明かりが物語のような穏やかさを演出するけど、私たちが交わす言葉の数々に穏やかさなんてものは存在しない。
「でも、どうして変身魔法で入れ代わりを計画して……」
「僕がアルバーノ様の身代わりになっていたのは、別の理由だから」
罠にはめられたとも捉えられるような発言をされる魔法使い様だけど、すべてが読まれてしまっていては私の牢獄行き計画はどう頑張っても成功させることができない。
「私は捕まるつもりで、ここに来ました!」
私が大きな声を上げてしまったため、魔法使い様は近くにあった部屋に私を連れ込んだ。
連れ込まれた部屋には窓らしきものがあるけれど、カーテンで閉ざされた窓は淡い月明かりを閉ざしている。
「今、明かりを用意するね」
私が暗闇に怯えてしまわないように。
魔法使い様は巧みに魔法の力を使って、黒で覆われていた世界に光を灯していく。
魔法とは、不可能を可能にする大きな力だということを思い知る。
暗闇の中で言葉を交わすのを怖いとすら思っていたのに、こんなにも光り輝く世界を提供されてしまったら心を動かさざるを得なくなる。
「アルバーノ様を殺せるなんて……始めから思っていません……」
大きな声を出さないように、想いを吐露する。
「アルバーノ様の目の前で逮捕されて、そのまま牢獄で眠りに就くことができたら……それで、それで……」
魔法で生み出された煌びやかな光が私を迎え入れてくれるのに、私の口から零れてくる言葉は少しも明るさを帯びていない。
「……ごめん」
「え?」
「エルミーユ様を無理矢理舞踏会に誘ったのは、僕だから」
それなのに、そんな私の陰った言葉を魔法使い様は拾ってくれた。
「……やっぱり、物語の世界みたいにはいきませんでした」
「エルミーユ様は何も悪くない。僕が勝手に魔法をかけただけのこと」
魔法使い様がかけてくれた魔法に悪いことは何もなかったと、なんとか魔法使いを励ますような柔らかい笑みを浮かべてみる。
「魔法を無駄に使わせてしまって、申し訳ございませんでした」
私は笑顔を作り込むのが下手すぎるらしくて、笑顔が下手な私を察してくれた魔法使い様は魔法の力を使って空き部屋を魔法で美しく飾りつけていく。
「……元気を与えてくれて、ありがとうございます」
「人々を笑顔にすることこそ、魔法使いに与えられた役目だと思ってるんだ」
埃をかぶるだけだと思われていた空き部屋が、魔法の力を借りて客人を招待できるほどの装いを獲得した。
「どうぞ」
座り心地の良さそうなソファに案内され、私は素直に腰かけた。
魔法使い様が魔法の力でなんでもできてしまうという噂は本当らしく、魔法使い様は何もないところから、お茶やお茶菓子を登場させて振る舞ってくれる。
「幼い頃に経験したお茶会みたいです」
かつて経験した出来事が頭を過り、懐かしさが私に優しい笑みをもたらしてくれていたらいい。
「どうしたら、エルミーユ様は幸せになることができるのかな」
「舞踏会にお茶会に……そもそも大事に至る前に助けてもらって、これ以上を望んだら罰が当たります」
そんな願いを持ちながら、私はティーカップへと口をつける。
口の中に広がる茶葉の香りは、幼い頃の記憶を呼び覚ます。
まだ、呼び覚ますことができるほど鮮明な記憶が私の中に残っていることに驚かされる。
「下働きの苦悩は、姉を見ていて知っているつもり」
魔法使い様は、お姉様が幼児教育施設に預けた子どもの迎えの時間に間に合わないこと。
職員の人たちに懸命に頭を下げていること。いろんなお姉さんの経験談を私に教えてくれた。
「子どもの迎えすら許してもらえない。下働きが、そんな過酷な環境を生きていることは姉を通して知ってる」
舞踏会に参加する前の、私の願いを勝手に叶えた魔法使い様は存在しない。
今の魔法使い様は、私に真摯な瞳を向けてくれる。
「魔法は、価値あるものだと伺っています」
魔法使い様のお姉様を助けたといっても、私はただ仕事を代わりに勤めただけに過ぎない。
ただそれだけのことで、こんなにも大きな対価をいただいてもいいのか戸惑う。
「なので、私を魔法使い様の小間使いにしてもらえないでしょうか」
下働きのままでは、ポルカ家を出るためのお金を稼ぐことができない。
城で働く魔法使い様の傍にいることができたら、好待遇な環境下で私は夢を叶えることができるかもしれない。
私に温かなスープを分け与えてくれた恩人さんと、再会するための人生を歩むことができるようになるかもしれない。




