第7話「物語」
「アルバーノ様……」
アルバーノ様に差し出された手を受け取るイシル。
広間に集まった人々は、大きな拍手でアルバーノ様とイシルを祝福した。
(これで良かった……)
どうしてこのような展開になったのか訳が分からないけれど、好きでもない人の元へ嫁ぐなんて考えられなかった私は誰にも気づかれることなく部屋から去る。
「やっぱり……物語は物語だった……」
空はアルバーノ様と義理の姉の婚約を祝福しているかのように、美しい輝きを放っている。
(でも……)
明日も待っているものは、下働きとしての生活。
工場の掃除を懸命に行う私。
使用人たちに混ざりながら、屋敷の掃除を行う私。
(そんな生活からは、抜け出してみたかった……)
空は晴れやかな色を魅せているのに、私の人生だけは少しも晴れやかさを見せてくれない。
アルバーノ様が選んだのはイシルであって、ガラスの靴なんてどうでも良かった。
ガラスの靴を置き忘れて幸せになれるのは、物語で描かれていた通りお姫様だけということ。
(私は、幸せになることができない)
自暴自棄になって、ガラスの靴を投げ捨ててしまいそうになった。
(でも、靴には何も罪がない)
ガラスの靴を慈しむように抱き締めて、靴に別れの挨拶を済ませる。
もうポルダ家には戻ってこない覚悟を決めて、私はポルダ家を抜け出した。
(恩人さんにも会えない、幸せになることもできない……)
自分の足で城に辿り着くには、鮮やかな青を描いていた空の色が黒へと変化していた。
人々が寝静まる時間になっても、衛兵は活動を続けているはず。
それなのに城の中は、みんながみんな眠りに陥っているかのように静けさが漂っていた。
(下働きとして生きていくことしかできないなら……)
吐き出す息が白いくらい、城の中の空気が冷えあがっている。
手にしている刃物の柄ですら、手が凍りそうなくらい冷たい。
(アルバーノ様を殺して、牢獄で命を終える……!)
誰に警護されることもなく、城の中を歩くアルバーノ様。
好都合。
でも、罠?
いつかは、その答えを知ることができるかもしれない。
(今の私には、そんなのどっちでもいい……)
アルバーノ様に向かって、刃物を差し向ける。
勢いよく飛び込んだつもりだったけれど、襲撃は上手くいかなかった。
「っ……」
手に雷撃が駆け抜けたかのような痺れを感じ、私は刃物を手放してしまった。
手にしていた刃物は一瞬にして、襲撃するための武器としての力を失った。
(まだ、間に合う)
私の手の届かないところに刃物を蹴り飛ばすこともなく、アルバーノ様は私の様子を窺っていた。
(馬鹿にされているのかもしれない)
王妃になることもできず、ただ上手く踊っただけに過ぎない小娘を滑稽に思っている。再度、襲撃のチャンスを与える当主なんて聞いたこともない。
「今なら自害もできる」
触発される。
「でも」
床に転げ落ちた刃物を拾うことに成功し、私はもう一度、刃物を差し向けようと彼を振り返る。
「それをしないってことは、生きて幸せになりたいってことだよね」
アルバーノ様の口調と声が変わる。
床と睨めっこすることしかできずに怯えていた私は、あまりの驚きに顔を上げられるようになってしまった。
「その声……」
魔法が解けていく瞬間に、何も怖いものなんて待っていなかった。
差し込む月明かりが優しく見守る中、ゆっくりと魔法が解かれていく。
「ほんの少し、久しぶりかな」
目の前に現れたのは、アルバーノ様とは似ても似つかない銀色の髪の青年。
身分の高さが窺える魔法使い特有のローブが、彼の希少さを訴えかける。
「魔法使い様……」
アルバーノ様の姿に変身していた魔法使い様は私を捕らえようともせずに、久しぶりに会った友人に向けるような柔らかい笑みを浮かべた。
月明かりを背景にした魔法使い様は、この世のものとは思えないくらいの美しさで私の涙を誘う。




