第4話「スープ」
「いただきます」
「召し上がれ」
そもそも名簿を手に入れたところで、どうやって恩人さんを見つければいいのかという話だった。
一人一人に、私にスープを差し出してくれた人と声をかけたところで、誰の記憶にも私のことなんて残っていない。
「はぁ、自分の夢を叶えるって難しいですね」
「死なない限り明日は来ると思うので、気楽にやっていったらいいんじゃないかな」
「フール様の言っていることが怖いです」
これから、ゆっくりと恩人さんを探していけばいい。
魔法使いにとって、明日が来るか来ないかなんて未知なる話のはずなのに。
フール様が言葉をくれると、明日は必ずやって来るような気がしてくる。
「顔は強張らせないで……」
「笑顔、ですよね」
明日がやって来ることに甘んじながら、フール様が用意してくれた野菜スープを口に運ぶ。
「…………」
「普通すぎる味で、驚いたでしょう」
フール様が、私のために作ってくれた野菜スープ。
(恩人さんが私のために差し入れたスープと味が似ている……)
あまりにも私が野菜スープと見つめ合っているのを不審に思ったのか、フール様の視線が私に注がれることになってしまった。
「あ、すみません! 昔、アルバーノ様の慈善活動にお世話になったことがあって……」
「ああ、そのときと味が似ていたのかな」
アルバーノ様の側近であるフール様は、もちろん慈善活動に参加されている。
調理を担当されていたとしても可笑いことは何ひとつなくて、私は食べ進めることを余儀なくされる。
「護衛で雇われたはずなのに、魔法使いって結局は便利屋みたいなことをさせられるんだよね」
食べ進めれば食べ進めるほど、記憶の中に残っているスープが心をざわつかせる。
「味が不快ということはないと思うけど、冗談ではなく普通で困ってる」
フール様が手料理をされると言っても、それらは魔法の力を用いた料理。
滅びゆく力である魔法で調理できる人なんて限られているから、もしかしたらフール様が私の命を救ってくれた恩人さんなのではないかという可能性が一気に膨れ上がっていく。
「エルミーユ、口に合わなかったら無理はしないこと」
言いたい言葉がある。
伝えたい言葉がある。
それなのに、私は酸素を求める魚のように口をぱくぱくさせて、言葉を思い通りに動かすことができない。
なぜなら、城で働くサリアムのように、意外と城の中に魔法を使うことができる人がいるんじゃないか。そんな事実は、私の恩人さん探しを邪魔しにかかる。
「あの……とても、とても、とっても美味しいです!」
「お世辞をありがとうございます」
「お世辞ではありません!」
こんな簡単に、恩人さんと再会できるわけがない。
そんな、物語みたいな出来事が起きるわけがない。
可能性を否定することなんてないのに、どうしても抱えている疑問を言葉にすることができない。
言葉にしようとすると、心臓が可笑しな動きをし始めて体に緊張感が走る。
(この、美味しいって気持ち、どうやったら伝わるんだろう……)
言葉にしても、伝わらない想いがあるということを知っていく。
「本当に美味しくて……」
「ふふつ、ははっ、そんなに言葉を盛らなくても大丈夫だよ。ありがとう」
伝わらない気持ちがあることにもどかしさを感じているのに、フール様は穏やかで優しい笑みを浮かべて私の食事に付き合ってくれるから幸せを感じてしまう。
もどかしさなんて、どうでも良くなってしまう。
ただ、目の前に用意された幸せに溺れてみたいと思ってしまう。
「フール様」
「早く食べないと、朝の仕事に間に合わないよ」
「次は、いつ一緒にご飯を食べることができますか」
大切な人が、守るべき人に代わる頃。
「では、次は昼食を一緒にいただこうか」
「それ、昨日と同じ日程になっちゃいますよ」
「魔法使いも、休みが欲しいんだよ」
大切な人への愛が、深まっていく頃。
私は、私の命を救ってくれた恩人さんの正体を知ることになる。
【了】




