第3話「現実」
「ん……」
硬いベッドの上で、敷かれている真白のシーツを握り締める。
ベッドのシーツには波打つように皺ができあがって、その皺ができるって過程に生きているという心地を得る。
童話の世界に登場するベッドは、決して穢れることがないのだから。
「エルミーユ?」
まるで、物語の世界で描かれている天蓋付きのベッドで眠りに就いているときのような。
そんな情景を思い浮かべてしまうほどの繊細な優しさで、保健室のベッドを仕切っているカーテンが開かれた。
「フール様……」
「声が聞こえてきたから、もう目が覚めたのかなって」
目が覚めたら、幸福な夢が終わってしまうんじゃないか。
そんなことを考えて、なかなか眠りに就くことができなかった。
「って、ここは、どこ……」
「城に併設されている仮眠室です」
私が眠りの世界に誘われるまで、フール様は私とのお喋りにずっと付き合ってくれた。
だから尚更、幸福な夢が終わってしまうことを恐れてしまったかもしれない。
「どこか具合でも悪い?」
「いえ、大丈夫です!」
寝起きの顔を見られるのは恥ずかしいけれど、フール様が心配そうに私の顔を覗き込んでくれることに喜びを感じてしまっている。
人と触れ合うことができなかった長い時は、相当私の人生をポンコツにさせてしまったということなのかもしれない。
「だったら単に、喋り疲れただけかな」
「運んでいただいたんですよね……? 申し訳ございませんでした……」
ベッドに寝かされていた体を起こそうとすると、フール様は手を差し伸べて私のことを介助してくれる。
「ありがとうございます」
「僕が一方的に手渡している優しさだから、気にしないで」
こういう些細な優しさを平然と振りまくことができるところが、彼を本物の王子様へと変えていくのかもしれない。
「フール様は、私の兄みたいですね」
「せめて、エルミーユの前では兄らしく振る舞いたいけどね」
ちょうど陽が差し込む時間ということもあって、たとえカーテン越しであったとしても太陽の光で暖められた部屋にほっとひと息吐く。
「朝食は食べられそう?」
「朝食まで一緒に食べても宜しいのですか」
「遠慮なさらず」
メイドとしての業務を終えた私は、昼食と夕食の時間をフール様と時間を共にした。
あまりにも話すことが次から次へと尽きなくて、フール様がおっしゃった通り私は喋り疲れて眠りに落ちたらしい。
(大切な人と一緒に食事をすることが、こんなにも心を幸せにするなんて……)
仮眠室は仮眠室でも、さすがは城に併設されている仮眠室。
宿屋の一室のように簡易的なキッチンが用意されていて、そこで食事を楽しむこともできるようになっている。
「朝ご飯はなんですか」
「生野菜の方が栄養価的にはいいのですけど、消化のことを考えて野菜スープとその他諸々」
「フール様、野菜スープがお好きなのですね」
「好きというより、楽かな。煮込めばいいだけだから」
水魔法で顔を洗ったり、寝起きの髪を風魔法の力で整えたり、師匠との食事に相応しくなるように外見を可能な限り着飾っていく。
「この間は、フール様の手料理を口にできなかったので嬉しいです」
「そんなに期待しないで。味は普通だから」
フール様が、宿屋を仮住まいされていたときのことを思い出す。
食材を調達していた私に振る舞ってくれた料理も、彩り豊かな野菜スープだった。
「ところで、名簿は役に立った?」
「いやー、それがあまり……」
「面白いね。名簿が必要なのに、進捗はいまいちと」
「申し訳ございません……」
アルバーノ様を救ったお礼に、フール様はアルバーノ様が行っていた慈善活動に参加されていた人たちを名簿にまとめてくれた。
一人も漏らすことなく、丁寧に。
だからといって、それがすぐに恩人さんとの再会に繋がるわけでもなかった。




