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灰かぶりは王子様の手ではなく、魔法使いの弟子を選びました  作者: 海坂依里
第7章「灰かぶりと物語の始まり」
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第2話「言葉」

「手を綺麗に洗えたら、フール様に頼ってもらえるような弟子になれるでしょうか」


 魔法使い様が、どんな言葉を返しても強引に動けばいい。

 私は両親が授けてくれた身を守って、幸せになりたい。

 欲を出せば、人から信頼されたい。愛されたい。


「師匠を支えるために、私はここにいますので」


 正直、師匠の意向なんて、どうでもいい。

 この先、師匠が私を突き放すような展開が訪れたとしても、私は私らしく生きていく。決してフール様に手を離されないように、師匠にしがみ付きながら生きていく。


「エルミーユ……」


 他人に嫌われたくないって思うのは、強欲な感情かもしれない。

 でも、諦めたら、そこで私の物語は終わってしまう。

 可能性が少しでも僅かでもあるんだったら、諦めたくない。

 人に嫌われる生き方は怖いけれど、私は私を愛してくれる人を探しに行くことを諦めたくない。


「あなたって人は……」


 辛くて、痛くて、悲しい。

 生きていくのがどうでもよくなってしまうような感情が、この世に存在することを知っている。


「どうして僕を喜ばせる言葉を、次から次に……」


 そんな感情、できれば手にしたくない。

 手にしたくないと願ったところでできるようなものでもないが、そういった感情を回避できる手段があるのなら、そんな人生を歩めるようにはなってみたい。


「私……喜ばせること、できていますか」


 救いのない世界を生きる日が来るなんて、さすがの私でも怖いと思うから。

 私はフール様にとって赤の他人であろうと、絶望という感情を与える弟子にはなりたくない。


「私、フール様のことを、もっともっと喜ばせたいです」


 ほんの少しだけ、フール様の顔が赤らんでいるような気がする。

 でも、肝心の顔を隠されてしまっているから、本当の顔色を確認することができない。それでも、心が喜びを感じ始めていく。


「エルミーユ」

「すみません、喋りすぎました。弟子に構っている暇があったら、アルバーノ様を……」

「笑ってください」


 幼い頃に読み聞かせてもらった物語に登場することもできないくらい、世界の隅っこで生きていた私。


「え、私、笑えてませんか?」

「ううん、凄く綺麗な笑みだよ」

「っ」


 王子様の隣を生きてきて、主役級の活躍を遂げていたフール様。

 私とフール様の関係性が結ばれて、弟子として過ごした時間はまだ数えられる程度のもの。


(もっと、いろんな話をしていきたい)


 くだらないことでもいっぱい笑ってしまうくらい、幸せな時間をフール様に提供したい。

 いつか、魔法は滅んでしまう力。

 そんな日が訪れても、フール様の穏やかな笑みが消えてしまわないように努めたい。


「笑うって、大事なことだから」

「……そうですよね。これから、笑顔を失ってしまうこともあるかもしれませんから……ね」


 忘れられるって、こんなにも寂しいことだと想像できる。

 妄想の中の喪失だけでも心が痛むのに、誰かの記憶から魔法が抜け落ちる日には大きな痛みが襲ってくるのは間違いない。そういう、初めての感情を私は知っていく。


「傍にいてくれて、ありがとう。エルミーユ」


 人々は、いつか魔法使いと過ごした時間を思い出すことができなくなるかもしれない。

 でも、また、新しく日々を始めることができるように、私はフール様を傍で支えたい。


「私のことを助けてくれて、ありがとうございます。フール様」


 フール様は綺麗な笑みを浮かべて、私のことを見てくれている。


「誰かが傍にいてくれることの大切さを、すっかり忘れてたな」

「私こそ、フール様が傍にいてくれたおかげで、毎日がとても幸せなものでした」


 まだ重ね始めた時間の中から、フール様は私のことを喜ばせる言葉を見つけていく。


「独りじゃないって、心強いね」

「う……心強いと言ってもらえるように、ちゃんと学びます……」

「よろしくお願いします」


 これまでのやりとりが、今生の別れのように思えてしまった。


(離れたくない)


 フール様との距離が遠ざかるのは、嫌。

 私は無我夢中で、フール様の腕を掴んだ。


「そんなに僕のことが心配なら、これから一緒に食事でも行きますか?」

「気持ちの悪い弟子で申し訳ございません……」

「……思わないよ」


 腕を掴んでいたはずの手が、ゆっくりと下りていく。

 自然とフール様の手と、自分の手が繋がれる。

 フール様に拒まれなかった、その手からは彼の温もりが伝わってくる。

 あったかくて、優しくて……そんな私が欲しかった温もりを与えてくれるフール様が傍にいてくれる。


「生きてくれて……本当に良かったです……」

「それは、こっちのセリフだよ。エルミーユ」

「だって、死罪の可能性が……」

「それは、エルミーユがちゃんと回避してくれた」


 死なないでくれて、ありがとう。

 生きてくれて、ありがとう。


「僕のことを助けてくれたのは、エルミーユだよ」


 生きることを諦めないでくれて、ありがとう。


「僕も、誰かのことを助けられる魔法使いになりたいな」

「もう十分、なってるじゃないですか……」


 フール様と、目が合う。

 ただ、それだけのこと。

 ただ、それだけのことが、堪らなく嬉しい。


「エルミーユ」

「はい」

「僕のこと……名前で呼んでもらえますか」


 これは、弟子に向けられた社交辞令的な言葉?


(違う、そうじゃない)


 そうじゃなくて、フール様が私にくれた本物の言葉。


「フール……様」

「ふふっ、はいっ」


 こんなにも幸せなのに、泣きたくなってしまうのはどうしてだろう。

 寂しくなんてないのに。

 もう独りじゃないって分かっているのに。

 涙が止められなくなりそうな状況にさせるのは、どうしてだろう。


「これから……よろしくお願いします、フール様」


 救いのある物語を素敵だと思う。

 小さい頃に読み描かせてもらった物語は幸せな結末を迎えることができて、私もそんな物語の世界に憧れたことがある。


「よろしく、エルミーユ」


 物語に出てくる登場人物すべてが幸せになれる世界を歩むことができていない私たち。

 だけど、一人でも多くの人たちが笑顔でいられるような幸せな結末を目指していきたい。 

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