第9話「光」
「現実離れした展開に、少しは驚いてくれてもいいんだよ」
「驚いてます! 私もこういう魔法が使えるようにならないといけないとか、考えることが多すぎて驚く暇がないだけです!」
その言葉を最後に、私たちは顔を見合わせて笑った。
心の底から大笑いしたとか、そういうことではないけれど……互いに交し合った笑顔に、私は救いのようなものをもらった。
「エルミーユを選んで、良かった」
「フール……様……?」
「これからの人生、楽しく生きていけそうだなと」
アルバーノ様が恐れていたのは、魔法を使うことができない自分の未来に誰もいないという孤独感。
(きっと、誰もが抱えている)
この世に生を受けた瞬間、誰もが抱えている想い。
自分を見てくれる、自分という存在を見てくれる、誰かが欲しくて、私たちは人々と出会っていく。
「僕たちが歩んできた人生は、まったくの別物のはずなのにね」
「でも、こうして、自分と同じ想いを持っている人と巡り合うこともあるんだってことに……感動しています。驚いています」
こんな、奇跡と奇跡が重なり合うような現実に巡り合うことがあるなんて、魔法使い様と出会う前までは考えられなかった。
「悪夢と一緒に生きていける方法、探しにいきたいな」
「お師匠様らしくないですよ。あまりにも難題すぎて、弟子は唖然としています」
「無理かどうかを決めるのは、こんな世界を作り上げた神様だけだね」
また、可能性を潰そうとしてしまった。
悪夢と共存なんてできるわけないっていう思い込みは、未来の可能性を潰すことに繋がるってことを師匠が教えてくれる。
「魔法が滅びゆく理由、理解できる気がします……」
「大人になればなるほど、人は最初から可能性を否定するからね」
「反省します……」
「全員が可能性を信じられる世界だったら、魔法は滅びなかったかもしれない」
氷で閉ざされていた世界は、ゆっくりと元の世界の色を取り戻していく。
アルバーノ様を抱きかかえていた腕に限界を感じたらしく、フール様はなんらかの魔法を使ってアルバーノ様が地面の土に体を汚してしまわないようにゆっくりと横たわらせた。
「頑張った、頑張ったよ」
視界に入り込んでくる景色は、何事もなかったかのように時間だけが進んでいく森の中。
残酷な空気を漂わせていた空間は消え去ってしまい、氷で包まれていた不思議で美しい景色を再び視界に映すことは叶わなかった。
「終わりました……ね」
「アルバーノ様本人が、呪いを願ったなんて想像もしていなかった」
「抱えているものがあったからこそ、願いが生まれたみたいです」
「本当に、よく観察したね」
あっけない、と思った。
こんなことで、人を呪う悪夢を追い払うことができたのかって思う。
物語の終わりは、自分が思っていた以上にいつもあっけない。
それがなんだか悲しくもあって、切なくもある。
人の命が関わる大事件が起きていたはずなのに、物語の終わりはどこか寂しさという感情をまとっているかのようだった。
「……あの、助けてくれて、ありがとうございま……」
「っていうか、背後から狙われるとか、気が緩みすぎ」
私の寂しさを拾い上げてくれたのか、師匠から厳しい指摘が矢のように鋭く飛ばされてくる。反省を促された私は、寂しがっている暇もないということ。
「……もっと頑張ります」
「まあ、頑張りすぎても人は駄目になるから、ほどほどに」
「……もっと、フール様に頼ってもらえる人間になりたいですから」
アルバーノ様が意識を失っているだけで、それ以外に異常は生じていない。
こんな森の中で何をやっているんだと疑問に思ってしまうくらい、森の中には穏やかな時間が流れていた。
「……フール様、物語に登場する王子様みたいですね」
「僕で良ければ、いつだって王子的な立場を務めますよ」
「言いましたね?」
こんなにも、優しさ溢れる言葉を返してくれる人が傍にいる。
フール様の存在にありがたさを抱くと同時に、その穏やかな笑みに見惚れそうになる。
「フール様は私の王子様兼、お師匠様です」
薄暗いだけの森の中だと思っていたけれど、本当は太陽の光が差し込んでいたことに気づく。
「……エルミーユ?」
「あ……なんていうか……幸せだなって……」
太陽の光が、私たちの体温を上げるのを手伝ってくれる。
もう、寒さで震えることはないんだっていう安堵の気持ちに泣きたくなる。
フール様と過ごしてきた過去の時間があるからこそ、私たちは一緒に笑みを浮かべることができている。
「逃げた悪夢が別の人を呪わないかとか、心配することはたくさんあるんですけど、でも、もう、アルバーノ様が呪われることはなくなるんだって思うと……」
「落ち着いて、言葉数が増えすぎだよ」
「すみません、なんだか止まらなくて」
涙が止まらなくなりそうだった。
悪夢が生きている世界の物語は幸福な結末を迎えていないのに、初めて生まれた希望に心が震え出す。
悪夢に呪い殺されるのを待つだけの人生だった世界を励ますように、更なる言葉を届けるためにフール様が声をかけ続けてくれる。
「フール様……心配してくれて、ありがとうございました」
私たちを包み込んでくれる太陽の光のあたたかさが心地よすぎて、そんなあたたかさが涙を誘う良い材料になり始める。
「アルバーノ様も、みんな、無事です……」
こんなにも暖かな光を、すべての世界に届けたい。
「みんながいてくれて……その……なんだろう……凄く幸せで……すっごく……幸せで……」
独りで塞ぎこんでいた私の前に現れてくれた、フール様の笑顔を守りたい。
そして、私を支えてくれた師匠を、今度は自分の力で助けられるようになりたい。
「ご褒美、弾まないといけないね」
「あ、名簿!」
「っていうか、慈善活動に参加していた人たちの名簿が欲しいなんて変わり者だね」
「私からの恩返しです
優しさの貸し借りとか、見返りを求め合うとかではなくて、私を助けてくれた人たちすべてにお礼がしたい。そんなことを、私は思った。




