第8話「闇」
「フール様の弟子である私に、できることを教えてください」
「自惚れるな……。そんな簡単に奇跡が起きる世界だったら、俺は、こんな……」
「簡単に起こらない奇跡が起こることを信じて、私はフール様の弟子を志願しました」
悪夢が、アルバーノ様を手招いたのかもしれない。
アルバーノ様の意思で、悪夢が招かれたのかもしれない。
でも、どっちにしたって、アルバーノ様は救いを求めているということ。
「勝手に、俺の心を覗くな……」
アルバーノ様が声を荒げようとしたところで、鳥が一斉に羽ばたいていく音が木々を揺らしていく。
音による振動を受けた木々の葉は、耳が不快になるほどの騒音を起こす。
「アルバーノ様、大丈夫ですよ」
ただ、驚いただけ。
悪夢が現れたわけでも、なんでもない。
予想もしていなかったことに、体がびくりと反応してしまっただけのこと。
「光魔法は、世界を照らすほどの力を持っているんですよ」
炎魔法をやめて、私は森の中へと光を呼び寄せた。
太陽の光が存在しない世界でも、森全体を照らし出すほどの眩い光を魔法の力で召喚してみせた。
「この力を、民と、民を守ろうとしてくださっているアルバーノ様のために」
悪夢という存在は、なんなのか。
悪夢は、アルバーノ様に呪いをかけることで生き延びている。
それなのにアルバーノ様に憑りついている悪夢は、まるでアルバーノ様を救いにきたかのような行動をとっている。
「再びフール様を、アルバーノ様のお傍に」
悪夢に、良いものと悪いものがいるかどうかなんて知らない。
(でも、アルバーノ様に憑りついている悪夢は、アルバーノ様に迫っている心の危機を知らせてくれているような気がする)
「戦う意志がないのなら、殺しません」
殺さない。
その言葉が生まれてきた瞬間、辺りの空気が重く沈んだものに変わってきた。
「fele la?」
「っ、lirunght」
こちらを目がけて伸びてくる樹の幹に応戦するために、杖を振りかざして光魔法で木魔法を弾く。
木の幹を燃やして戦力を削ぐのが一番だと分かっていても、魔法使いの弟子になりたての私には炎の量を調節する自信がない。
「runo rela?」
森の中の空気が環境汚染で使い物にならなくなってしまったような、それくらい呼吸がし辛くなってきている。
空気が吸い込み辛いものになっていると同時に、濃い紫に近い色の煙が森の中を包み込んでいく。
「……アルバーノ様!」
アルバーノ様の意識が途絶え、その場へと倒れ込みそうになった。
急いで手を伸ばすけど、私のか弱い腕では倒れ込む男の人を支えることはできない。
「エルミーユ、よく頑張った」
「フール様……」
弟子が困っているときに、手を差し伸べてくれるのが師匠。
その言葉通り、フール様は瞬時に私の前に現れた。
そして、アルバーノ様が泥濘んだ地面に体を打ちつけないように手を貸してくれた。
「やはり悪夢は、こうでないと」
深い眠りに落ちているアルバーノ様を支えながら、フール様は片手で杖を頭上に振り上げて構えた。
襲いかかってくる木の幹を、森を燃やすことなく一瞬にして炎魔法の力で消滅させてしまった。
「licovergheっ!」
弟子の応戦なんて必要ないとは思ったけど、姿を見せた悪夢の視界を奪うために光魔法を弾き飛ばす。
光に包まれた悪夢は何が起きたのか分からくなったかのように混乱を引き起こし、丸い陰のような存在は森の中を行ったり来たりを繰り返す。
「Batrrayum」
光魔法以外の魔法を、発動させる。
私が仕掛けた木魔法は悪夢を攻撃するためのものではなく、魔法にかけられた命を落ち着かせる作用があるもの。
成功すれば、悪夢は自分の身に何が起きているか把握できるようになるはず。
「wi ne?」
私とフール様に、悪夢を攻撃するという意志はない。
もう自分の身を守らなくても大丈夫だと感じ取ってくれた悪夢は、まるで大きく息を吸い込んだときのように自身を膨らませる。
そして、息を吐き出した瞬間に、再び身を縮まらせた。
「あなたたちは、人々を呪わないと生きていけないはず」
アルバーノ様の体を乗っ取っていた悪夢が姿を見せるけど、相手は相変わらず黒い陰のような靄のような霞のような不思議な存在。
光がなければ、決して姿を見つけることができないほどの闇を纏っている。
「we le lu」
「確かに……殺されるよりは、寿命を待つ方がいいね」
「フール様、悪夢の言葉の意味がわかるんですか」
「いや、適当」
「li e no」
適当。
その言葉に反応した悪夢は、陰なりに楽しそうな空気を醸し出しながら跳ねたり跳んだりを繰り返していた。
「エルミーユ」
「はい」
「この悪夢は、どうしたらいいと思う?」
私は、ただ冷静というものを装っているだけに過ぎない。
ここで慌てふためいたところで、事態を悪化させるだけ。
「戦う意志がないのなら、逃がします」
「では、僕は弟子の意思を尊重するよ」
足元を漂い始めていた紫色の煙に、白くて冷たい空気が覆い被さった。
「さようなら、悪夢」
「lis e leata」
紫の煙は一瞬にして氷漬けにされてしまい、世界は氷の世界と言わんばかりの美しい世界へと姿を変えた。
「あの、フール様、この氷の世界は……」
「戦う意志がなくても、悪夢は毒素を持ってる。毒素が広がらないように、氷の魔法で対応した」
「……って、私たち殺されかけてたってこと」
「戦う意志はなくても、殺す気はあるってことかも」
ちっとも楽しくない話をしているのに、フール様は楽しそうに笑った。
「綺麗……とか思ってしまう私は、馬鹿でしょうか」
目の前に広がっていく美しすぎるほどの氷の世界は、これから残酷な展開が繰り広げられるなんてことを思わせないほどの光を放っていた。
そして、その美しさは未来には希望しか待っていないということを訴えかけてくるかのようだった。
「僕も、この世界が好きだよ」
「……良かったです」
私たちの視界の入るのは、森が氷で覆われた白銀の世界。
自分に与えられた力を使っても大丈夫だと気づき、杖から指を一本一本解いていく。




