第7話「欲」
「お役に立てるほどの熱がなくて、申し訳ございません」
自分の指と、アルバーノ様の指を擦り合わせる。
手にしていた武器はなんだったのか確認する前に、その武器は森の中へと落下していった。
耳が鈍い音を聞き取って、私に付きつけられていたのは拳銃だったのかなと妄想を膨らませるけど、今はアルバーノ様が手持ちの武器のことを気にしている暇はない。
「人の手ほど貴重なものはないと思うのに、やはり力にはなれませんね」
互いの熱を分け合えればいいのに、互いに熱を持っていないから仕方がない。
何度も何度も、アルバーノ様の体に熱が戻るように彼の指を擦っていく。
でも、理想とする体温が戻ってこない。
「手を温める程度の魔法なら、呪文なしで魔法を使うことができるらしいですよ」
繋いだ手を離して、私は立派な魔法使いを振る舞うように高らかに杖を掲げた。
火傷をしないように気を遣いながら、火魔法を呼び寄せて暖を取る。
真っ暗な森の中では互いの顔を確認することすら難しいのに、私たちの体を温めてくれている魔法のおかげで、ようやく森の中へと炎という名の光が灯った。
「魔法の力は……偉大だな」
熱が戻った手で、武器を拾うことは可能。
でも、アルバーノ様は、それをしない。
「アルバーノ様も、魔法を使うことができます」
「俺は、フールとは違う」
「魔法を使うのに、フール様と比較なさる必要はありませんよ」
「役に立たないのは、俺の方だ」
指を擦り合わせても体温は戻らなかったのに、魔法の力を利用するだけで一瞬にして寒さなんてものが吹き飛んでしまう。
それがありがたくもあり、その便利すぎるほどの力を怖いとも思った。
「俺さえいなければ」
アルバーノ様の声が、下を向き始めた。
灯った炎を介して、アルバーノ様が自身の手に爪が食い込むほどの力を込めていくのを確認する。
「アルバーノさ……」
「幸せになれたのに……」
空気が重いと呼ぶには、まだまだ。
でも、私たちを纏う空気が少しずつ淀み始めている。
「魔法使いがいるから、世界は幸福なものになる」
アルバーノ様は、事実を突きつける。
魔法という強大な力が残れば、続けば、それは世界を変えるほどの脅威と恩恵になる。
それは間違いないことだけど、魔法を使うことができないという思い込みは、世界から魔法を奪う要因となっている。
人々の思い込みが、魔法を滅びゆく力へと変えてしまった。
私は、アルバーノ様の命を優先させたい。
アルバーノ様を、悪夢の呪いから解放したい。
「……アルバーノ様は、顔を認識することができないと伺っています」
彼自身の力で事態を好転できるように、手助けをしたい。
「ずっと、相手の表情も分からぬまま生きてこられたのですね」
「ああ、そうだ。見上げたところで、顔のパーツどころか、相手の感情を確かめることもできなかった……!」
泥濘んだ地面にばかり声を向けていたアルバーノ様の表情を確かめるために、私はアルバーノ様の顔を覗き込んだ。
「声だけで相手の気持ちを察するのは、とても怖かったですよね」
「っ」
「神に祈っても不安が解消されないのなら、尚更、魔法に縋ってしまいますよね」
瞳は潤んでいるようにも見えるけど、都市の主たるもの決して屈したりしないという意志を感じさせる強い瞳をしていた。
「差し上げます、魔法の力を」
アルバーノ様の目線は、再び下の方へ向かっていってしまった。
「アルバーノ様が欲しいもの、すべてを魔法の力で」
私が持っているものなんて、何があるのって自問自答したくなる。
けれど、何も持たない私に差し出せるものがあるのなら、アルバーノ様に贈りたい。
覚悟がないまま、魔法使いの弟子としての人生を歩み始めたわけじゃないから。
「無理、だ……」
一呼吸した後に、アルバーノ様はそう言った。
相変わらず目線を合わせてくれることがなくて、アルバーノ様の気持ちはなかなか見えてこない。
「俺は、俺は、失脚するために……」
「祈ったのですね、悪夢に」
「はぁ、はぁ」
「悪夢は叶えてくれた。フール様が……魔法使い様がアルバーノ様の右腕どころか、自分の代わりに政を進めてくれることを」
アルバーノ様の表情が、次第に曇り始めていく。
「俺なんて……いなくても……誰も……」
自分とアルバーノ様を重ね合わせるつもりはなかった。
アルバーノ様の人生はアルバーノ様だけのものだと思うし、私の人生は私だけのもの。
絶対に交わることがないものだと分かってはいるけれど、孤独を恐れるアルバーノ様の気持ちが痛いほどよく分かってしまう自分もいる。
「人は、いつの時代だって孤独ですよね」
アルバーノ様が魔法使いを殺したいくらい憎む可能性もあったはずなのに、アルバーノ様は自らに呪いをかけることを選んだ。
悪夢に魔法使いの殺害を望むのではなく、自分が都市を生きる民に関わらずに済むように悪夢と手を結んだ。
「私は、アルバーノ様のことを孤独だとは思いません」
「エルミーユが思わなくても、俺は……」
アルバーノ様を慕っている人は大勢いるのに、自分に呪いをかけてしまったために、それを自分の目で確認することもできなくなってしまった。
人生を諦めるような言葉を吐いてしまうのは自業自得とも呼べるかもしれないけど、私は魔法使いとしてアルバーノ様の手を離したくなかった。
「どんなに良い人を装ったところで、俺は誰かの信頼も得られていない! 有能なのは魔法使いだけなんだ!」
宙をさ迷う炎魔法のおかげで、私たちには少しずつ体温が戻ってきているはずなのに。
私たちの心の距離は少しも縮まらなくて、心の熱を早く取り戻したいと思う。
「私は、アルバーノ様に救われました」
「……そんな、適当なことを言ったって……」
「今も、イシルお義姉様のために努めていらっしゃるじゃないですか」
アルバーノ様は、魔法が使えないなりに歩みを進めてこられた。
魔法を使うことができないから、何もしないで生きてきたわけではない。
誰もが、アルバーノ様への理解を示しているのは間違いない。
「私に近づいてきたのは、誰かに救うためですよね」
「……そうじゃない。そうじゃないっ! 俺は、俺の欲のために……」
言葉が、どんどん流れていく。
アルバーノ様の想いが、溢れていく。
「欲があるって、素敵なことではないですか」
「なっ」
「だって、その欲を満たすために、人は頑張ることができるのですから」
アルバーノ様の体を乗っ取っている悪夢の仕業で、口調が流暢になっているだけかもしれない。
それでも私は、アルバーノ様の口から溢れる気持ちを信じた。彼の言葉を受け止めた。




