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灰かぶりは王子様の手ではなく、魔法使いの弟子を選びました  作者: 海坂依里
第6章「灰かぶりと物語の終わり」
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第6話「体温」

「お待ちくださいっ!」


 態勢を整えている間に、アルバーノ様との距離が遠ざかる。

 悪夢(ナイトメア)はじわじわと攻め立てるように、ゆっくりとアルバーノ様に呪いという名の毒を与えていく。


「……っ」

『エルミーユ』

「わかってます! 追いかけます!」


 フール様の声が聞こえてきて、呆然としていた意識が回復する。

 覚醒した意識は、列車から降りなさいと私に命じてくる。


「アルバーノ様っ!」


 列車の中から外へ。

 飛び出したと同時に、列車の扉は閉鎖された。

 私は一人、駅に取り残された。

 列車は駅に降りた人間がいるなんてことを忘れてしまったかのように、次の駅へと向かっていく。


(アルバーノ様がくれた言葉は本物だった)


 アルバーノ様と過ごした時間は、ほんの一時のものでしかなかった。

 舞踏会のときも、列車での移動も、すべて短い中での出来事にすぎない。

 それでも、そんなわずかな時間の中でアルバーノ様が私に与えてくれた温かさを忘れたくない。


「アルバーノ様! アルバーノ様っ!」


 恩を返すという言い方は良くないかもしれない。

 だけど、私を支えてくれた人たちに、私は恩を返しにいく。


「……はぁ」


 アルバーノ様にすべてを委ねてしまっていたために、知らない土地を訪れてしまった。

 駅から離れて、アルバーノ様の姿を探す。

 もちろん彼が見つかるはずもなくて、私を待ち構えているのは数棟の民家と広大な森。


(森の中……)


 一人は、嫌。

 独りに、しないで。

 一緒にいたい。

 傍に、いてほしい。

 森の中から、そんな悲鳴が聞こえてくるような。

 それらはすべて幻聴かもしれないけれど、聞こえた森からの想いを私は放置することができそうにもない。


「フール様、進みます」


 フール様のことだから、すぐにでも私の元に駆けつけることは可能だと思う。

 けど、それをしないってことは、弟子の私を少しは信用してくれているってことかもしれない。


(そもそも反射するものがないから、私の声は届いていないかもしれないけど……)


 水たまりか何か、反射するものを森の中で見つけることができたら心強い。

 でも、その水たまりを見つけられそうにないから、不安になる。


(それなのに……)


 手が、震える。

 足も、震えそうになる。

 なんとか薄暗い森に足を踏み入れ始めるものの、私はやっぱり殺されるのが怖いと思っているのかもしれない。


(なんで、こんなにも弱いんだろう……)


 それは、ついこの間までは魔法も使うことができなかった一般人だから。

 そんな師匠の模範解答が頭を過って、少し面白くなった。

 言葉を交わすことができないのに、すぐ傍にフール様がいてくれるような感覚が私の心を励ましていく。


(強くなりたい)


 私はアルバーノ様の力になりたいのに、新米魔法使い()はアルバーノ様の力になれないのが現実。

 誰かを助ける力を持っていない人間なんて、フール様が理想とされる魔法使いとは呼べない。


(だからこそ、私は動きたい)


 物語を、動かしにいきたい。

 初めて足を踏み入れる見知らぬ森をさ迷う決断をしたはずなのに、足が凍りついてしまったかのように動かし辛い。


「はぁ、はぁ……」


 ちゃんと歩いているはずなのに、足が震えて竦みそうになる。

 一歩一歩前に進んで、確実にアルバーノ様の元に近づいているはずなのに、視界がぼやけてくるような気さえしてくる。

 だけど、そんなの……すべて錯覚。

 私は、アルバーノ様の命を救うって決めた。


(頭の中でなら、勇ましい魔法使いでいられるのに)


 妄想上の私ではなくて、現実の私がアルバーノ様のことを助けたい。

 理想通りに進まない現実に、向きたくもない下を向いてしまいそうになる。


(でも、下を向くばかりの人生は、誰も助けることはできない)


 少しずつ、少しずつでいいから、前を向いて歩けるようになりたい。


「アルバーノさ……」

「一人で森の中を、さ迷ってはいけない」


 声が、響いた。

 私の鼓膜すべてを支配してしまうくらい、アルバーノ様の声が反響した。


「っ」

「もっと背後に気を遣うんだ」


 いくら森の中が暗いといっても、背後に誰かがいたら気づくことくらいはできると過信していた。


「アルバー、ノ……」

「怖がらせるようなことはしない」


 自分が杖を掲げるよりも早く、背中に何かを突きつけられる。

 前を向いた私には、銃なのか拳銃なのかを確認することはできない。


「多分、な」


 いつか反撃のチャンスがあると信じて、私は抵抗する素振りを見せずにおとなしくする。


「命だけは救ってくださるとありがたいのですが」

「善処しよう」


 アルバーノ様が、ぼそっと呟くような声で付け加えた言葉。

 私は、いつ悪夢(ナイトメア)に喰い殺されても可笑しくない状況ということ。


「……アルバーノ様」


 危機的な状況に気を向けるべきだとは思うけれど、それよりも私には優先したいことがあった。私が死ぬことよりも、大切なこと。


「寒くはないですか」


 太陽が昇る時間帯のはずなのに、陽の光が差し込んでこない森の中は薄暗く、体感的に気温も低いように感じる。


「振り返るくらいなら、許してもらえますか」

「何を……」


 私の役目は、アルバーノ様に呪いをかけている悪夢をおびき出すこと。

 それだけに意識を集中させなければいけないけれど、都市にとっても、義理の姉にとっても大切な方の体調を気にかけてしまう。


「私の手も冷たくて、ごめんなさい」


 アルバーノ様の手を取って、無礼だとは思うけど祈りを込めるようにアルバーノ様の手を包み込む。

 振り向いた瞬間に殺される可能性もないわけじゃなかったけど、アルバーノ様の体温が下がりきって凍死なんてことになってしまったら民に対して申し訳が立たない。

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