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灰かぶりは王子様の手ではなく、魔法使いの弟子を選びました  作者: 海坂依里
第6章「灰かぶりと物語の終わり」
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第5話「異変」

「アルバーノ様、体調は大丈夫ですか?」

「列車が、あまりにも久しぶりすぎたな……」


 彼は、自覚をしている。

 自分の体調が優れないということに。


「顔を覗き込まれないように傾けてたつもりなんだが、窓硝子に映り込んでしまったな」

「体調悪いのに、頑張って外出しなくても」

「頑張りたかった……のかもしれないな」


 なぜか、かもという言葉が付いてきた。

 でも、私にはアルバーノ様には続けたい言葉があるように見えたから、おとなしく彼の隣で言葉の続きを待った。


「知りたいと思ったんだ、イシルの家族を」


 アルバーノ様が、何を抱えているのかは分からない。

 そんな中、紡ぎ出された言葉に私は目を丸くした。


「お義姉様のために、私と……?」

「ああ」

「それなら、交換条件など出さなくても……」

「俺はイシルを奪った人間だ。家族から、よく思われていなくて当然だろ」

「そんなこと……」


 何が浮気だ。

 イシルお義姉様は、こんなにもアルバーノ様に愛されている。

 自分が自惚れ屋だったことを恥じていると、アルバーノ様は私ではなく窓向こうの景色に目を向けた。

 私は景色を楽しむつもりで視線を向けたけど、アルバーノ様の表情は少しも楽しそうに見えない。


「俺は、何もできない人間だ」

「どうして、そんなことをおっしゃるのですか」

「俺に金があるのは、両親や祖父母。先祖代々の力が強いだけで、俺が成し遂げたことは何ひとつない」

「ですが、慈善活動を通して救われている下働きも大勢いる……」

「その慈善活動すら、全員を救うには行き届いていない」


 アルバーノ様が生き辛い想いを抱えながら日々を過ごしていることに歯がゆさのようなものを感じる。


(私も、誰かのために何もできないと悔やんできた……)


 真昼の時刻を示すはずなのに、少しも温度の上がらない風が開いている窓から吹き込んできた。


「国を変えるためには、力が足りなすぎる」


 誰に伝えたらいいのか分からないような、そんなぐちゃぐちゃとした想いを伝える相手に選んでもらえたことを光栄に思う。

 人から頼ってもらえるような人生を歩むことができたという誇りへと変わっていく。でも、私はアルバーノ様を救う言葉を知らない。


「幸せになるために生まれてきたのに、なんで格差なんてものに苛まれなければいけないんだ」

「そんなにも、民のことを考えてくれていたのですね」

「格差に縛られなくてもいい世界を、ずっとずっと願ってきたんだがな……」


 たった一人の貴族が格差社会を嘆いたところで、国は変わってくれないということ。

 国を変えるために動いている人はいるのかもしれないけど、力も声も時間もまったく足りていないということをアルバーノ様は教えてくれる。


「その点、魔法の力は強い。国どころか、世界を変えるほどの力を持つ」


 私は魔法の素晴らしさを知り始めたばかりだけど、側近にフール様を控えさせていたアルバーノ様なら魔法が持つ力の大きさを嫌というほど知っているのかもしれない。


「悪いな、せっかくの外出なのに」

「魔法に恋焦がれる気持ちは、私も理解できます」


 魔法を信じる力が失われている現代のような状態が続けば、魔法と呼ばれる強大な力は滅んでしまう。


「でも、たとえ魔法をつかうことができなくても、アルバーノ様にはできることがあるんですよ」


 誰もが強大な力を持たないために、魔法は滅びゆく道を選んだのかもしれない。

 魔法の力を信じることができた特別な人だけが扱える力だからこそ、価値が生まれてくるのかもしれない。


「私も、アルバーノ様の慈善活動を通して、笑顔をもらった一人です」


 滅んでほしくないけど、滅んでほしい。

 魔法も魔法で、どんな未来を生きるか迷っているのかもしれない。


「……こんな公衆の面前で、心を揺さぶるようなことを言わないでくれるか」

「主の本音を受け止めるのが、配下の役目ですから」

「わざわざ人が大勢いる場所を選んでいること……察してくれ」

「弱くなったっていいではないですか」」


 この日のために、わざわざ民と似たり寄ったりの服を用意させたのか。

 隠し切れない美貌はどうしようもないけど、民と同じ経験をするためにアルバーノ様は努めてくださっているのが伝わってくる。


「今のアルバーノ様は、民と同じなのですから」


 アルバーノ様は、魔法を使うことのできない自分を無力だと思い込んでいる。

 アルバーノ様が生きる物語には、幸福な終わりなんて待っていない。

 そうとも捉えられるような言い回しをしていることが、凄く悲しくなってくる。


「アルバーノ様を独りにさせてしまって、申し訳ございませんでした」


 私が励ましたところで、アルバーノ様が生きる物語が変化を見せるわけではない。

 私の言葉が、アルバーノ様が生きていく物語を最高の結末に導けるわけでもない。

 それでも私は、物語の世界(自分の人生)を形成してくれたすべての人たちに感謝したい。


「俺には……幸せになる権利なんて、始めから存在しない」


 この物語が、どうか最高の終わりを迎えられるように力を貸したい。


「民から巻き上げた金を、俺は……」

「ご両親が正当な方法で得たお金の存在を、どうか否定しないでください」


 見守ることしかできない最悪の私だけど、せめて物語の登場人物たちに寄り添っていられる人間でありたいと思う。


「そのお金に、私たち下働きは救われているのですよ」


 駅に到着したタイミングで、私は座席に強く押しつけられる。

 伸びてきたアルバーノ様の腕を避けることができず、バランスを崩して立ち上がることができなくなってしまった。

 その、バランスを崩すタイミングを見計らっていたのだと思う。

 アルバーノ様は急いで列車の出入り口に向かって、私を列車に置き去りにした。

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