第4話「独り」
「待ち合わせ時間を決める意味がなかったな」
「本当ですね……ふふっ、お互い二十分も早く来るとか……」
笑うところではないだろうけど、なんだか面白くなってきた。
これからどんな外出をするんだろうとか、悪夢をどうしようとか、不安がいっぱいのはずなのに楽しみを見出せるようになってきた。
「今度は三十分前集合にするべきか……」
「それ、予告したら、意味がありませんよ」
「なるほど……」
作り笑顔なんて必要ないということを、アルバーノ様を見ていて思う。
男性と二人きりという経験がほとんどない私は、一人で焦りすぎていたのかもしれない。
今という時間が悪夢が生み出したニセモノだとしても、アルバーノ様の前でなら自然と笑うことができる気がする。
「乗り物酔いは大丈夫か?」
「大丈夫です」
「じゃあ、出発しようか」
アルバーノ様に手を取られ、私の心臓が別の意味で動き出す。
心臓が病んでいくような音ではなくて、浮気のようなシチュエーションの誕生に心臓が痛い。
近くにイシルがいないことを、必死に祈る。
「どこに向かうのですか?」
「着いてからの楽しみにしていてくれ」
アルバーノ様に誘導されるがまま、私はただ彼に連れられて行く。
理想としていた外出とはまったく違うだけでなく、アルバーノ様にすべてを委ねることにとても戸惑った。
(イシルお義姉様、これは浮気ではありませんので許してください……)
いちいち心臓の動きにどきりとしてしまう私は、相当な心配性なのかもしれない。
それとも単に、男性慣れしていないだけなのか。
「……大胆ですね」
「大胆?」
「ごめんなさい、慣れてなくて……」
「謝るな」
「アルバーノ様のお気遣いに、凄く助けてもらっております」
都市を歩きながら、私のそんなどうでもいい呟きも拾ってくれるアルバーノ様。
情けないけど、アルバーノ様の気遣いがありがたくもあって、彼の優しさに甘えたくもなってくる。
「エルミーユ、席が空いた」
「アルバーノ様が座ってください」
「今日は、身分を気にせずに接してくれ」
混雑する列車内だったはずだけど、次第に人々はそれぞれ目的の場所へと向かっていく。
空席が出てくるほど、私たちが人々の用がないような駅へ向かっていることが分かる。
「女性を優先するのは、当然のことだろ」
女性に優しくという言葉に従ってアルバーノ様が生きているんだろうなってことは分かるけど、私としては身分が上の方を列車の中で立たせたくなかった。
なんとしてでもアルバーノ様に席を譲りたかったけれど、上手く言葉を操ることができない私はおとなしく席へと身を寄せようとした。
すると、賑わっている列車内で幼い子ども連れの親子を見つけた。
「どうぞ」
「あ……ありがとうございます!」
少し離れたところにいた家族に声をかけ、空いている席を譲った。
「休日に家族で出かけられるなんて、微笑ましくていいな」
母が生きていた頃は、よく家族で遠出をしていた。
幼い頃で止まっている記憶と、席を譲った家族が重なって見えた。
家族水入らずで休日を楽しんでいる様子を羨ましく思いながらも、この家族の幸せがずっと続くように願わずにはいられなかった。
「アルバーノ様が、民を守ってこられたおかげですね」
「……ありがとう」
母が亡くなってから、心を成長させるための経験が途中で止まってしまっている。
アルバーノ様のような、優しい気遣いができているのか不安になる。
「次は、二席空くといいな」
「はい」
あまりにもアルバーノ様が一般客に溶け込まれてしまうため、私の緊張感が少しずつ解かれていく。
アルバーノ様の美貌は失われていないはずなのに、一般客に馴染もうとするアルバーノ様は本当に気遣い上手な方だと思った。
「エルミーユ?」
「あ、いえ、どこに連れていかれるのかなと」
「今日は、俺がちゃんと案内するから安心してくれ」
「お願いします」
やっぱり私は、人生経験が足りないかもしれない。
そこに引け目を感じてしまうけれど、自然と笑うことのできる自分がいることにも凄く驚かされた。
「エルミーユ」
「はいっ!」
緊張感が伝わるような、大袈裟な返事をしてしまった。
恥ずかしさのあまりに顔を伏せたくなったけれど、アルバーノ様は私を叱責したりはしない。
穏やかな空気感をまとって、私の緊張を解してくれる。
「楽しくなかったら遠慮なく声かけてほしいが……エルミーユは、遠慮しそうだな」
言葉を返さなきゃいけないって分かっているのに、紡ぐことのできない言葉たち。
楽しく会話することの難しさを感じると同時に、アルバーノ様が言葉を発するたびに顔を逸らしたくなるようなむず痒い気持ちも生まれてくる。
(アルバーノ様の調子が、違う気がする……)
違うといっても、私とアルバーノ様は舞踏会で一緒に踊った程度の関係。
そんな浅すぎる関係では、アルバーノ様の違いを見つけることなんてできない。
でも、抱き続けていた真摯という印象を覆すくらいの物腰の柔らかさに戸惑いを拭いきれない。
(これも悪夢の影響……?)
ある、発想が思いついた。
アルバーノ様本人に、悪夢が憑りついている可能性を。
(呪いをかけたのが、本人の可能性も……)
窓硝子が傍にある列車の造りは、私がすぐにでもフール様と連絡の取れる環境が整っている。
けれど、不審に声を発した時点で、どこかで監視しているかもしれないアルバーノ様の護衛にフール様を差し出すことになってしまう。
(相談したいときに、相談できないなんて……)
フール様ほど力のある魔法使いなら、悪夢がアルバーノ様の体を乗っ取った時点で気づくものかもしれない。
私の発想は間違いかもしれないけど、間違いなら間違いだと指摘してもらうための手段がほしい。
「はぁ」
悪夢の退治が上手くいくといいなと願いつつ、私は流れゆく景色へと目を向けた……つもりだった。
(アルバーノ様、顔色が悪い?)
窓硝子越しに見えるアルバーノ様の表情。
色白で美しい表情だと表現しようと思えばできるけれど、窓硝子に映り込むアルバーノ様の表情は冴えない。
窓は鏡ほど鮮明に顔を写し出すことができないにも関わらず、窓硝子はアルバーノ様の不調を訴えてくる。




