第2話「決戦前」
「殺せと言ったけど、エルミーユが大丈夫だと判断したのなら……逃がしてもらって構わない」
「でも、そんなことをしたら……」
「そのときはそのときで考え直そう。僕も、無実の罪を着せられるのは本意ではないから」
悪夢を逃がすという身勝手な行動は、最悪な結末を迎えることしか繋がらないと思い込んでいた。
でも、フール様は常に前を向いていた。
最悪な結末を迎えたとしても、その結末すらもフール様なら書き換えてくれるのではないかと思ってしまう。
「……死なないでください」
「エルミーユは、僕を殺したいの?」
「すみません……」
頬を、ほんの軽い力で撫でられる。
食事中のフール様の指が私の頬に届くはずはなく、なんらかしらの魔法で私は頬を撫でられた。
「勝手に殺さないでね。死ぬつもりはないから」
「死なないでください……」
「エルミーユ」
「ごめんなさい、ふふっ」
フール様を助けることができたら、私たちの物語には続きができるということ。
新しい未来を描くことができるのだと希望が生まれてくると、心の中がほんのりとした温かさも芽生え始める。
「やっと笑えるようになったね」
「何かあったとしても、私の傍にはお師匠様が」
「僕の傍には、エルミーユがいてくれる」
「もちろんです」
少しでも、後悔を減らすための勇気が欲しい。
「エルミーユは、エルミーユのまま」
この勇気が何に結びつくかなんて分からないけど、私は勇気というものが欲しい。
私には多くの人を幸せにする力があると、信じられるだけの強さが欲しい。
「フール様、ありがとうございます」
「こちらこそ」
私たちは、これからどんな生き方をしていくのか。
(フール様のように、誰かを救うような生き方はできるかな)
そもそも、アルバーノ様に呪いをかけた悪夢を引きずり出すことはできるのか。
「救われたいね」
「私は救われるよりも……救いたいかもしれないです」
私は、まっすぐに言葉を届ける。
「エルミーユが救われることで、救われる他人もいるということを忘れないで」
大丈夫や平気って言葉は、魔法の言葉。
誰かに心配をかけないための、魔法の言葉。
強がりの大丈夫があるってことは承知しても、大丈夫って言葉が私の心を満たし始める。その、大丈夫に、心を救済されているような感覚を受ける。
「フール様に話を聞いてもらったら、少し楽になりました」
誰も悪くない。
誰を責めることもない。
この物語に悪人がいるとしたら悪夢になるのかもしれないけど、できることなら私はすべてが幸福な結末を迎えるための物語を残したい。
「幸福な結末を目指したいね」
「…………やっぱり、心を読む魔法は存在しますか」
フール様が答えを返してくれることはなかったけど、彼はいつもの柔らかい笑みを浮かべてくれた。
「私もフール様と、同じことを考えていたので……」
みんなが幸福で終わる物語なんて存在しないかもしれないのに、私たちが向いている方向が同じだと分かるだけで心が強さを得ていく。
「心を読む魔法なんかなくても、弟子と考えが同じなのは嬉しいものだね」
フール様がくれる言葉は、私を喜ばせてくれるもの。
それは確かなことだったはずなのに、心がちくりと痛みを訴えてくる。
(あれ……?)
心が、どの言葉に反応したのか。
フール様の弟子って言葉が、私の心を突き刺してきた。
それに気づいたけど、それを認めたくなくて、気づきを心の中へと隠してしまう。
「フール様、ありがとうございました! ちゃんと食べてくださいね」
椅子から勢いよく立ち上がり、私は城へと戻る準備を整える。
「って、食事は……」
「私はお城の食堂でいただくので、フール様はゆっくり召し上がってください」
少し、少し、ほんの少しだけ、心が痛くなったから、私は逃げ出した。
少し前まではフール様と楽しい食事の時間を好きだと思っていたのに、今は一秒でも早く城へ戻りたいと思ってしまった。
「はぁ」
リノンが私のお夕飯に付き合ってくれて、私はお腹を満たすことができた。でも、食べることができても、そのあとが問題だった。
「眠れない……」
いざアルバーノ様との外出日を迎えるとなると、なかなか眠りに就くことができなくて大変だった。
こんなにも目が冴えてしまったら、アルバーノ様にとんでもない醜態を晒すことになるかもしれない。
(イシルお義姉様の妨害はない……)
私とアルバーノ様の外出は浮気には該当しないらしく、イシルが出しゃばってくることはなかった。
アルバーノ様と外出するために身なりを整えた私は、待ち合わせ場所で心臓を高鳴らせていた。
「エルミーユ、ちゃんと呼吸をしないと」
「死なないように、ちゃんと呼吸はしたいと思います……」
学園行事の前日に、興奮して眠れなくなるという子どもの気持ちを初めて理解できたような気がする。
興奮して寝つけなかったはずなのに、いつの間にか熟睡。
自分が本当に幼い子どもに戻ってしまったかのような体験にも、心臓の動きが可笑しくなった。
心と体のバランスは、こんなにも嚙み合わないものだと実感する。
「イシル様がいらっしゃらないから、悪夢以外の脅威はないと思うよ」
フール様は投獄される可能性があるのに、わざわざ城まで見送りに来てくれた。
なんらかしらの魔法で対策はしているとは思うけど、いつフール様が衛兵に見つかってしまうかと思うと、また別の意味で心臓が痛くなってしまう。




