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灰かぶりは王子様の手ではなく、魔法使いの弟子を選びました  作者: 海坂依里
第6章「灰かぶりと物語の終わり」
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第1話「優しさ」

「エルミーユ、顔色が悪いよ」

「ちゃんと寝て、ちゃんと食べているつもりなんですけど……」


 アルバーノ様にフール様の存在を知られたからといって、弟子が師匠の投獄に手を貸すような事態にはならなかった。


「生きていくためには、食べなければ」


 フール様が隠れ蓑に利用している宿屋に、市場で買い込んだ食材を持ち込む。

 師匠の手料理が食べられるのかと思いきや、師匠はいとも簡単に調理器具を魔法で動かしながら料理を完成させてしまった。

 味つけだけはフール様が行っていたけど、手料理なんだか魔法調理というのか、よく分からない野菜スープが完成した。


(恩人さんが作ってくれたスープに似てる……)


 大切な思い出が、頭の中を過る。

 でも、さっきからちっとも食欲が湧いてこなくて、せっかくの食事に手を伸ばすことができない。


「魔法使い様と一緒の食事も、あと何回あるか分かりませんからね……」

「物凄く不吉なことを言っている自覚、ある?」

「何かおっしゃいましたか?」

「重症だね……」


 師匠の栄養を考えて野菜を買い込んできたけど、今の私には具沢山の野菜スープですら重たい。


「弟子が抱えている悩みを、打ち明けてみようか」


 私は食事を口にできなくなってしまっているけど、フール様は私に遠慮することなく食事を進めてくれた。

 たとえ弟子が緊張で食べれなくなったとしても、師匠さえ元気ならなんとかなるかもしれない。


「でも、これは私の失態であって……」

「その失態をなんとかするのが、師匠の使命」


 悩みを打ち明けてみようと言ってくれたときの、フール様の優しい表情。

 普段なら、この優しい表情を思い出すだけで食欲も旺盛になっていく……はずなのに、今日はそうもいかないところが残念に思う。


「エルミーユだけだよ」

「誰かと比べるのは宜しくないかと……」

「僕を頼ってくれないのは」


 嘘。

 私は魔法使い様に初めて会ったときからずっと、あなたを頼りっぱなしじゃないですか。


「魔法とは無縁の生活を送っていた私に、魔法を授けてくださったのはフール様ですよ」

「それは、エルミーユの頑張りがあったからこそ。僕は何もしてない」


 フール様がいなければ何もできなくなるような情けない自分になってしまう前に、自分の力で立つことのできる人間になるって決めた。


「エルミーユが必要としてくれるなら、僕はいつでも駆けつける」


 フール様の得意技は、人を甘やかすこと。

 お師匠様(フール様)は、どうしてこんなにも容易く人を甘やかすことができるのか。


「僕は、どんな願い……は無理か。大抵の願いなら叶えることができる魔法使いだから」


 フール様は、視野が広い? 

 器が大きい?


「僕は、僕の意志で、エルミーユのことを助けたいと思ってる」


 私がどんなに頑張っても、フール様には追いつけない。


「フール様は、とても素晴らしい魔法使い様だと思います」

「どうかした? 突然」

「私は、今を抱えるのでいっぱいいっぱいと言いますか……」


 そもそも、フール様とは心持ちが違うと気づかされる。

 私は弟子として、師匠のフール様を支えたい。

 でも、私が追いかけている師匠(相手)は、一人でも多くの人を救うことを目標としている。


「魔法というのは、戦争の道具にもなる強大な力」

「……承知しています」


 魔法と呼ばれる便利な力に頼ってきた人々だけど、その魔法の力はもうすぐで滅んでしまうんじゃないかと言われている。

 消えゆく力を慈しむように、フール様は受け入れなければいけない現実を私に語りかけていく。


「でも、魔法は人を幸せにすることもできる」

「フール様が使いたい魔法は、人々を幸せにするための魔法ですよね」

「エルミーユも同じだよね?」


 師匠と自分を比較したところで、劣等感しか生まれなかった。

 比べて比べて、一方的に落ち込んで。


「その力を、戦争のために振るいたいかな?」


 そんな思考自体が間違っていると指摘されているはずなのに、フール様は柔らかい笑みを浮かべて私を見つめている。


「違います。私はフール様と同じで、人を幸せにするために魔法を使いたいです」

「僕たちは、同じ目標を共有できる者同士でもある。同士に頼ってもらえないのは、寂しいものだよ」


 同士という新しい関係性の響きに、恋焦がれてしまいそうになる。

 でも、恋焦がれるという言葉の使い方が間違っているような気がして心がちくりと痛む。


「アルバーノ様と一緒に……」


 言葉を紡がなければ、何も始まらない。

 でも、私にとっては、その言葉を紡ぐことすら、ときどき上手くできなくなってしまうから困ってしまう。


「ただ一緒に出かけるだけだよね」

「ただ一緒とか言わないでください! 浮気ですよ! 浮気!」


 言葉数が、とんでもなく多くなっている自覚はある。

 それだけ取り乱しているということでもあるけど、取り乱している自覚があるからといって心は落ち着きを取り戻してくれない。


「私とアルバーノ様が一緒に外出をしたら、イシルお義姉様とまた不仲になるじゃないですか!」

「僕と繋がっていることを黙ってもらうための交換条件ということなので、おとなしく飲んでください」

「また虐げられる日々が……」


 過去を振り返ろうとすると、気持ちが後ろを向き始める。

 それに気づいた私は、深く深呼吸をして心と頭に酸素を送り込む。


「男性と外出する際に、気をつけることを教えてください」

「普通でいいよ」

「普通、ですか?」

「いつものエルミーユで、外出してくればいいんだよ」


 いつもの、自分。

 いつもの自分でいいなんて言葉、嬉しすぎてどうしたらいいか分からなくなってくる。フール様は、人を喜ばせるための言葉を知り過ぎている。


「僕を守るためにも」

「大変申し訳ございませんでした……」


 うっかりと師匠の名前を口にした私に、アルバーノ様はある条件を提示してきた。

 フール様を投獄しない代わりに、私はアルバーノ様と二人きりで外出することになってしまった。


「大体、こんなに堂々と浮気する馬鹿当主はいないと思うよ」

「それは……魔法使い様が、アルバーノ様の頭脳的な役割を果たしていたとか……」

「当主を馬鹿にしたエルミーユには、死罪が待っていそうだね」


 アルバーノ様に呪いを仕掛けたのは、フール様ではない。

 それを証明するために、私はアルバーノ様に呪いをかけた悪夢(ナイトメア)をおびき寄せる必要がある。

 アルバーノ様と二人で外出するのは絶好の機会ではあるけど、頭の片隅では、どうしてもイシルの顔が過ってしまう。

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