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第9話「血縁」

「あんたがそんなんだと、私は一生、謝らせてもらえないじゃない!」


 メイド長のサリアムの姿が見え、視線を交えることで私は大丈夫だと伝えた。


「はい、そうですよ」

「っ、何言って……」


 城を構成している廊下に敷かれている深紅の絨毯を見つめていたイシルは、ようやく顔を上げて私のことを見てくれた。


「だって、あれは事故ですから」

「仕組んだ事故だって言ってんの……」

「都合よく魔法使い様が現れない限り、誰も母を助けることはできません」

「私が飛び込まなければ……」

「飛び込んだのではなく、何か興味を引かれるものがあったのでは?」


 私たちを取り囲む人たちは、私が未来の妃候補であるイシルに失礼なことを言っていないか観察しているのかもしれない。


「私は……私は……」

「先程いただいたハンカチーフ……イシル様は、お花が好きなのでは?」


 多くの視線が私に集中しているのを感じて肌が痛いけど、私は落ち着いて言葉を紡いでいく。

 魔法使い様が私に対して言葉をかけてくれたときのように、優しく丁寧な話し方を心がける。


「そんな……そんな昔のこと、覚えてないわよ!」


 本当に、父との繋がりを持つためにイシルは自身の身を犠牲に馬車へと飛び込んだのか。

 それとも私が適当に作り上げた物語のように、春を彩る花に興味を引かれて、馬車が来ることに気づかなかったのか。それは、イシルにしか分からないこと。


「私の母も、花が好きな人でした」


 気を遣ってしまうのは、私がもう普通の世界には戻れないと自覚しているからなのか。

 魔法使いとして生きていくことを決めた私は、もう二度とイシルと縁を交えることがないと覚悟を決めているからなのか。私も私で、自分のことがよく分からない。


「イシルお義姉様は、母と一緒に花を見ていたのかもしれませんね」


 一体、どんな言葉をかけ続けたらいいのか。

 この場合、どんな言葉をかけるのが正解なのか。

 言葉の交わし合いに正解不正解なんてものが存在するのかどうかも分からないからこそ、私は姉に向けて言葉を送り続けなければいけないと思った。


「ただ花を眺めていただけなのに、馬車が突っ込んできたら怖いですよね」


 イシルが責任を感じたところで、母は生き返らない。

 イシルは悔しそうな表情を浮かべて、また廊下に敷かれている絨毯と睨めっこを始めてしまった。


「その恐怖を持って、これから民に寄り添っていただけると嬉しいです」


 特に面白い出来事が起きるわけもないと知った人々は、自分の持ち場へと戻っていく。

 残されたのは、イシルの護衛を務める人たちのみ。

 サリアムは私の頑張りを認めてくれたらしくて、イシルと同じくほんの少しだけ口角を上げて職務へと戻った。


「イシルお義姉様は、人の痛みを理解できる方です」


 イシルに、私の母を助けることができなかった責任を感じて生きていかれても困る。

 しばらくは一緒にいる関係だとしても、血の繋がりを持たない私たちはいつか他人として縁が切れてしまう。

 そんな将来的には赤の他人になってしまう私への責任を、イシルには背負ってほしくなかった。


「……優しさって言うの? それとも強いって言うの?」

「イシル様?」

「エルミーユのそういうところ、お母さんにそっくりよ」


 イシルが顔を上げて、誰かを想って懐かしむような優しい笑みを浮かべた。

 誰かを想うっていうのは、紛れもなく私のお母さんのこと。


「……その……えっと……イシル様は笑った方が素敵だと思います」


 イシルは男の人を魅了してしまいそうなほど可愛らしい声を発して、調子を取り戻していく。一方の私は、完全に調子を狂わされてしまった。


「当然でしょ、私はアルバーノ様の婚約者なんだから」


 自分で選んだ会話の内容に後悔しつつも、イシルが満面の笑みを見せてくれる機会に巡り合えたことが何よりも嬉しい。

 反する気持ちを同時に抱いてしまうなんて、今日は可笑しなことが起こりすぎているのかもしれない。


「両親の教育は、偉大ね」

「はい、感謝しています」


 両親を過ごす時間は極端に短かったかもしれないけれど、人に好かれるための努力はしていきたい。

 愛されるなんて贅沢はいらない。

 誰かが困っているとき、あ、エルミーユって人がいたなって頼りにしてもらえるような。そんな存在を目指したいと、新しい願いが生まれてくる。


「たとえ下働きという立場だとしても、イシル様を支える有能な人物になれるように……積み重ねられるものは、これからも積み重ねていきたいと思います」

「まったく……私の妹は勇ましすぎよ」


 会話の途中なのに、イシルは歩を進めてしまった。

 姉妹として過ごした時間が、終わりを迎える。


「……ありがとうございます、イシル様」


 私が何を言ったとしても、イシルは反撃の言葉を用意してくる。

 それがイシルという女性のはずなのに、ときどきお褒めの言葉が飛んでくるから戸惑ってしまう。


(でも、これが姉妹ってものなのかな)


 一人っ子の私は、姉妹という関係性がどんなものなのか想像もできない。

 物語に出てくるような義理のお母様とお姉様の登場に驚いたことがあって、そんな冷めた家庭しか知らなかった私はやっぱり姉妹ってものが分からない。


(でも、なんだか気持ちが明るい……)


 いつかは、イシルと縁が切れてしまう。

 でも、そのいつかが来る前に、姉妹としての関係を築き上げてみたい。

 幼い頃の私が抱いていた展望を、久しぶりに思い出した。


(関係性を築くには、悪夢を退治しなければいけないのかな)


 護衛にイシルのことを託し、私は逃してしまった悪夢のことを想う。


(父の愛情を取り戻すべきなのか、このままで私は生きていけるのか……)


 考えたところで、すぐに結論が出るわけでもない。


「フール様、弟子は頑張りましたよ」


 この声が届いているかどうかは分からない。

 でも、届いているといいなと願いを込めて、大切な師匠の名を呼んだ。

 だけど、元の生活に戻るために清掃業を再開させようと歩を進めたときに次の物語は招かれてしまった。


「今、フールと言ったな」


 自分は無力かもしれないけれど、動ける体があるのなら動きたい。

 悪夢(ナイトメア)に喰い殺されてしまったあとの私では、師匠の名を呼ぶこともできなくなってしまうから。

 そんな死を予感させるようなことを頭で考えたのが、私に油断を生んだということ。


「アルバーノ様……」


 婚約者のイシルを心配して、当主が駆けつけるのは当然の流れだった。

 その考えに気が回らなかった私は、大きな失態を犯した。

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