第5話「事故」
「イシルお義姉様っ!」
イシルに恩を押しつけたいとか、イシルと姉妹の関係になりたいとか、これからのイシルと多くの時間を共にしたいとか。
私がイシルを助けるための動機が不純すぎて可笑しくなりそう。
「イシルお義姉様っ! お義姉様っ!」
でも、そんな私の不純な動機だって、フール様なら受け入れてくれる。
いつもみたいに穏やかな笑みを浮かべながら、私という人間を受け入れてくれる。
だから、私は馬鹿みたいに繰り返しイシルの名前を呼んだ。
「イシルお義姉様っ!」
私はイシルの名前を呼び続けるけど、肝心のイシルは少しも反応を返してくれない。
(でも、フール様は私に声をかけてこない……)
意識は回復しないけど、フール様が声を発しないということはイシルの意識が回復する可能性があるということ。
アルバーノ様の最も近くにいるイシルに、フール様の存在を知られるわけにはいかない。
(私は、フール様の一番弟子だから)
イシルの無事を確認しようと、彼女がきちんと呼吸ができているか耳を澄ませようとしたときのことだった。
絨毯に視線を向けることしかできなかったイシルの顔が上がり、イシルの傍にいるのが誰かを確認するかのように私は凝視された。
「街で物乞いをしてたときにね」
物乞いという言葉を、初めてイシルの口から耳にした。
「幸せそうな家族が、楽しそうに買い物してたの」
イシルが物乞いをしなければいけないほど困窮して家庭で育ったことを知り、どうしてポルダ家の当主である父とお義母様は繋がりを持つことができたのか。
そこに何かを感じた私は、師匠から授かった杖を掴む。
「こっちは明日食べる物にも、住む場所にも困ってんのに、たくさん、たくさん、たくさん買い物をしていくんだよねぇ」
イシルが思い起こしているのは、恐らく私の産みの母が生きていた頃のポルダ家。
明日食べる物にも困らず、住む場所にも困らない。
贅沢という贅沢を尽くしてきたポルダ家だけど、アルバーノ様には劣る小規模な範囲で下働きの人たちに向けて慈善活動を行ってきた。
でも、その小規模な活動は、イシルたちの家庭を助けることには繋がらなかったということ。
「私の人生を奪うために、悪夢の手を取ったということなんですね」
「は? あんた、何、言ってるの?」
交渉という体があるのかは分からないけど、欲しい物があったイシルの気持ちに共鳴した悪夢がイシルに力を貸すことを決めたらしい。
「私が殺してやったの、あんたのお母さんをね」
衝撃的な言葉。
それを私に投げつけて、私の心をずたずたに切り刻むという算段だったのかもしれない。
「違います。私の母は、事故で亡くなりました」
「その事故を仕組んだのが私」
家族で買い物をしていたとき、母は勢いよく駆けてくる馬車に飛び込んでいった。
馬車に飛び込むなんて馬鹿なことをしたという人もいるかもしれないけど、母の腕の中には灰色がかった髪色の少女がいた。
母の命は救われず、少女の命は助かったという事故が過去に起きた。
「では、あのとき助かった女の子が、イシルお義姉様だったということなのですね」
「そうよ。私が、あんたの母親を殺すために馬車に飛び込んでやったの」
イシルに向かって、杖を翳す。
「イシルお義姉様が馬車に飛び込んでいったのは事実かもしれませんが、やっぱりあれは事故ではないですか」
杖を、イシルに差し向ける。
「何……? 何、言ってんの?」
「だって、私のお母様以外が、イシルお義姉様を助ける可能性もあったはずです」
「は? あんたの脳、お花畑なの?」
「私のお母様だけを狙いたいのなら、別の方法を取った方が効率がいいかなと」
杖に、眩い光が溜め込まれていく。
「は? 私はね、下働きから抜け出すためなら、どんなことだってしてみせ……」
「licoverghe」
イシルの視界を奪うために、目も開けていられないほどの光を投げ飛ばす。
光魔法に頼りすぎなのは良くないと怒られたばかりだけど、私はやっぱり光魔法を好きだと思った。
(ずっと、光ある世界に生きたかったから……)
ずっと願い続けていたことがあるから、私はより光を求めてしまうのかもしれない。
「っぁ、ぁ、ぁ」
今度は光の調整を誤らなかったおかげで、相手の視界を奪うことに成功した。
「出てきてください、悪夢」
イシルに話す意志を与えていたということは、悪夢と戦う気が満々だということを察する。
「wi wil?」
紫色の霞のようなもので場が覆われていくと同時に、イシルから黒い影が飛び出してきた。
影は言葉を話したがっているのか、私に悪意を向けているのか。
言葉の意味が分からないことを、こんなにも悔やんだことはない。
(この悪夢を倒せば、お父様の愛情を取り戻すことができる……)
悪夢は、私に襲いかかってくる気配がない。
イシルに言葉を交わす時間を与えていたことから、イシルの体を乗っ取っていた悪夢は随分と優しい性格をしているのかもしれない。そんな妄想すら働いてしまう。
「wi no」
「ごめんなさい、言葉の意味が分からなくて」
悪夢の傍には、意識を失ったイシルが倒れている。
攻撃を仕掛けてこない悪夢を見ていると、イシルを心配しているのかもしれないと新たな妄想が働く。
(どうしよう……この子には、戦う意志が……)
戦う意志がないものを、一方的に傷つけてもいいのか。
魔法使いとしての素質が開花したばかりの私は、こういう弱い悪夢との戦闘が最も相応しい。
自分の手で悪夢を殺すチャンスが到来しているのに、杖を持っている手が震え出す。




