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第4話「嫌い」

『どこへ向かうのか……』

「少しだけ尾行します。無理はしません」


 フール様との交信が途絶えたのではなく、私と一緒になってイシルの様子を観察していたのだと分かる。

 窓硝子を始めとする、反射するものが多く存在する城の造りで本当に良かったと安堵する。私は独りじゃないって思えることが、今は何よりも心強い。


「やっぱり、フール様も可笑しいと?」

『まるでイシル様を避けているように、廊下に人がいなさすぎます』


 魔法使い様の指摘通り、イシルは廊下を進んでいくけれど誰ともすれ違うことがない。

 私はイシルを尾行することしかできないけれど、フール様は窓硝子を通して先の先まで見えているに違いない。


『気にしすぎならいいんだけど』

「同じく、です」


 城が広大な設計ということもあって、たまたまイシルが誰ともすれ違っていないだけかもしれない。

 それでも、広大な城での生活を維持するには多くの人員が必要。

 イシルが一人で行動できるなんて、確率的にあり得ない話だった。


「何か起きたら、助けを求められませんね」

『僕が傍にいるんだから、そこは頼って』


 遠隔でも魔法を使うことができるんですかと問いかけたくなるけど、やっぱりその質問を投げかけている暇がない。

 早く平和な時間を取り戻して、師匠から教わりたい魔法は山のようにある。


「頼りにしています、お師匠様」

『任されたからには、ご期待に応えてみせるよ』

「とても頼もしいです」


 何もないかもしれないけれど、何かあるかもしれない。

 何もなかったら、それでいい。

 何かあったら真っ先に、窓硝子向かって声を上げる。

 心の準備を整えながら、私は善き関係を築くことができなかった家族のことを追いかける。


(恐怖より、緊張が強いのかな……)


 誰かが運命の糸に、いたずらしている。

 そんなことを考えてしまうほど、私たちとすれ違ってくれる人は現れない。


(この城で、何かが起きている……)


 イシルを尾行すればするほど、誰ともすれ違わない設定の世界観に違和感を抱く。


(それでも、行かなきゃ)


 私の物語が救われないまま終わってしまう可能性もあるけど、フール様が傍にいてくれたら事態を良い方向に持っていけるかもしれない。

 私にしては珍しく、良い発想の可能性の方にかけてみようと思った。


(私が今日まで生きてこられたのは、消滅寸前の魔法使いたちが世界を守ってくれたから)


 世界を変える力を持たない魔法使いだけど、弱小の悪夢なら私の力も役に立つかもしれない。

 誰かを頼ることの大切さは知りながら、最悪の事態を招かないように、できる行動は起こしていけるよう配慮していく。


(着いた……?)


 イシルが辿り着いた先は、行き止まり。

 駆けつけた魔法使いは私一人だけという状況。


(イシルお義姉様が心配で、ここまで来たけど……)


 その動機づけは良かったかもしれないけど、それは自らを危険に晒しているようなもの。

 決して褒められた行動をとっていない自分を反省しながらも、私はイシルに近づくために足を一歩ずつ先へと進めていく。


(こんな行き止まり、誰も駆けつけない)


 危険を察知する能力に優れているわけではないから、危ないんじゃないかっていう予感は働かない。

 だけど、自分がおびき寄せられたっていう感覚だけは間違っていないような気がして、手に汗を握り始める。


(この廊下だけ、隔離されているみたい)


 窓から外の景色を覗くと、城に仕えている人たちが懸命に各自の仕事をこなしている光景が目に入った。


「欲しい物があったの」


 風が吹き抜けた気配はないのに、イシルの灰色がかった髪がゆらりと揺れた。


「綺麗な顔、美しい髪、お金を持っているお父様、地位、権力……」


 イシルは、その灰色の髪色を嫌っていた。

 別れたお父様の髪色を引き継いでいるのかと思っていたけど、そういうことではないと気づかされた。

 ただ単に、灰色という色が嫌いなのだと。

 イシルが振り返ったときに視界に入った目が、そんなことを訴えかけてくる。


「イシルお義姉様、聞いてください!」


 誰も通りかかることのない廊下だったら。

 誰かがやって来ることのない廊下だったら。

 どんなに大きな声で名前を叫んでも不審がられない。


「なんで私が、あんたの話を聞かなきゃいけないの?」

「イシルお義姉様!」


 いつも通りのイシルと言われれば、それまで。

 でも、そうは思えないから、私は彼女の名前を呼び続ける。


「そういえば、あんた……声も綺麗だったね」

「イシルお義姉様の声だって、とても可愛らしくて……」

「子どもっぽいって馬鹿にしてたんでしょ?」

「そんなことありません!」


 私に何かあったときのために、フール様が遠くで待機してくれている。

 でも、イシルと対峙しているのはフール様ではなく私。

 イシルと言葉を交わし合うだけで、孤独な時間なんてものにはすぐに招き入れられてしまう。


「イシルお義姉様っ!」


 突然、足が崩れるように、イシルがその場へと屈みこんだ。


「イシルお義姉様っ、しっかりしてください!」


 ただ、知り合いの名前を叫び続ける虚しさ。

 イシルからの返事がないことが更なる不安を煽っていくけれど、諦めたくない。

 私の命が悪夢に奪われるまで、私はイシルを救うことを諦めたくない。

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