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第3話「涙」

「エルミーユ様、おやめください」

「これは私の仕事ですから」


 パン屋での仕事を終え、最後に自分が生まれ育った屋敷へと戻ってきた。

 今も何十人もの使用人を抱えている大金持ちのポルダ家は、私が生まれ育ってきた大切な家系。私の帰る場所。


「仕事を放棄したら、お父様に叱られますから」

「ですが……」


 私は、ポルダ家の人間。

 使用人を雇う立場にあるため、娘の私がわざわざ屋敷の掃除をする必要はない。

 それでも使用人たちに混ざりながら、私は屋敷の窓を掃除する。


「ここは私が代わります」


 私に配慮してくれている使用人が使っていた掃除道具を取り上げる。


「え……」

「お子様のお迎えの時間でしたよね」

「あ……」

「ありがとうございます! エルミーユ様っ」


 使用人は私に深く頭を下げて、残りの仕事を私に託してくれた。

 人に頭を下げなければ、預けている子どもを迎えに行くことをすら許されない過酷な環境下で働かせていることを申し訳なく思う。


「エルミーユ」

「あっ、見~つけたっ」


 二人の義理の姉がやって来た。

 義理の姉たちは、まるで名のある貴族が主催する舞踏会に参加するような華美なドレスで着飾っている。

 一方の私は、みすぼらしい恰好。

 水仕事をしている以上、義理の姉のような高級感の漂うドレスをまとうことはできない。


「あなたの母親が残した指輪は、どこにあるの」

「私の部屋……倉庫に置いてある木の小箱の中に……」

「えー、あんな汚いところまで行かないといけないのー?」


 私の部屋は、庭の片隅に置かれている古びた倉庫の中。

 魔法の力で温度が整えられていない環境下で、寝て食べて。寝て食べてを繰り返している。

 薄暗く劣悪な環境こそ、私が生きる場所。私の帰る場所。


「まあいいわ。あなたの母親が残した物なら、かなりの値が付くはずだから」

「どういうこと……」

「アルバーノ様が主催する舞踏会が近いでしょう? お小遣いじゃ足りなくて」

「待って……」


 二人の義理の姉に近づこうとするけれど、二人の姉を警護する人々に阻まれる。


「亡くなったあなたの母親のことは、私たちも大切に想っているの」

「だからね、私たちはあなたの姉妹として形見を換金してきてあげようと思って」

「待ってください! あの指輪だけは……」

「優しいお姉様に恵まれて良かったねー」


 こんなに幸せなことはないと言わんばかりの華やかな笑みを浮かべた、二番目の義理の姉であるイシル。

 彼女に懇願して、指輪を売ることをやめてもらおう。そう思ったけれど、私は二人の義理の姉に近づくことすら許されない。


「倉庫から礼の指輪を持ってきて」


 使用人に命じて、形見である指輪を取りに行かせる義理の姉たち。

 屈強な男たちに抵抗する術を持たない私は姉と使用人たちを追いかけることもなく、その場へと屈み込んだ。


「っ、ふっ……」


 その場で泣き崩れている様子は、この屋敷で働いている使用人たちにも見られている。けれど、私に手を差し伸べる使用人は誰もいない。

 私に手を差し伸べた瞬間、使用人は明日食べる物に困る生活を強いられることになる。住む場所を失った使用人は、公園での生活を余儀なくされる。

 だから、誰も私に近づくことはない。


「大丈夫?」


 視界に、自分以外の陰が映り込んだ。

 自分を心配してくれる誰かがいることに気づき、後ろを振り返る。

 神秘的な銀色の髪色と、深い青色の瞳が印象的な青年が、自分に声をかけてきたらしい。


「申し訳ございません」


 袖で涙を拭いながら、立ち上がる。


「みっともない姿をお見せしてしまって……」


 金の刺繍が施されているローブは一目で高級なものだと判断でき、お召し物そのものが彼の地位の高さを示してくる。

 そのまま差し出された手を受け取ることもできたけれど、その手は取らなかった。

 私は顔を上げ、涙で滲んでいない視界で彼の顔を見た。


「失礼いたしました」


 義理の姉たちが招待されている舞踏会の主催主である、アルバーノ様の側近が私に手を差し伸べてくれたと判断できた。

 ここは、手を取らないことが正解。


(私とは、身分の差がありすぎるから……)


 銀色の髪色の青年の後ろにはアルバーノ様がいて、私は冷静で知的な印象を与える灰色の瞳で見つめられていた。

 彼の濃い茶色の髪は、貴族の威厳と高貴さを示してくる。


「今、案内の者を連れてまいります」


 私は二人の前から姿を消そうと、急いでその場を去る。


「振られちゃった」

「今のは?」

「ポルダ家の三女。恰好は貧相だったけど」


 私が去ったあと、二人がどんな会話を交わしていたのか。


「泣いていたのか?」

「多分」

「アルバーノ様、ご案内が遅れて申し訳ございません」


 それを知る術は、今も昔も存在しない。


「いえ、突然の来訪でしたので。お気遣いなく」


 けど、このときから私は、アルバーノ様の側近である魔法使い様に認識されていた。

 その事実を知ることができていたら、私の涙は一瞬にして止まっていたのかもしれない。

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