第3話「存在」
「必ず、アルバーノ様を救いましょう」
『そう。魔法使いは、世界を救うために存在している』
似通った境遇を生きている者同士が集まるのは、誰にとっても心地がいいものかもしれない。
そんな、単純な思考が浮かび上がる。
(誰だって、殺されるのは嫌なはず)
悪夢は魔法使いに退治される可能性を持っているのだから、生き延びるための術を模索しているのではないか。
(仲間が欲しい……仲間に寄り添いたい……)
悪夢と心を通わせたわけではないけど、悪夢は常に命を狙われている。
人間を媒体にして、少しでも長生きしたいという気持ちが悪夢にはあるのかもしれない。
『何が欲しい?』
考え込んでしまった私を見かねて、フール様は優しい声をかけてくれた。
私はフール様の顔を覗き込むことはできないのに、彼は私の表情や動向を見守ることができる。
それが、この優しさに繋がるのかと思うと、ほんの少し悔しさのようなものが生まれる。
『無事に、僕がアルバーノ様の護衛に戻れたときのご褒美』
窓硝子に彼の顔が映ることはないけれど、今のフール様は私が好きだと思う優しい笑顔を浮かべてくれている。
そんな想像が、容易にできてしまった。
『世界のためになる力を覚醒できていない段階で、僕の力になろうと気力を維持してくれている。そんなエルミーユの努力に、礼がしたいなって』
自分の中にある正義感というものが残っているからなのかは分からない。
ただひとつ分かっているのは、フール様の笑顔を持続する道を探したい気持ちがあるということ。
「壮大な夢があるんです」
『ああ、お金持ちになること?』
「それはそうですけど……なんでもかんでも、お金と決めつけないでください」
『ははっ、ごめんね』
平和な世界に戻ることができたような、そんな未来ある言葉が交わせることを嬉しく思う。
気合いを入れ直した私の右手は、窓硝子をより一層丁寧に磨き上げていく。
「その壮大な夢を叶えるために、アルバーノ様が不定期に行っている慈善活動に参加されている方々の名簿をください」
『…………え?』
「名前を一覧にした名簿をください」
『いえ、ちょっと待った! 大体、参加メンバーは固定されていないし、城に従事している人間の数を考えて……って、今は城を辞めている方もいる……』
顔を見ることが叶わない状況ではあるけど、フール様の笑顔を崩すことができたと少しだけ調子に乗る。
声の調子だけで、フール様が傍にいてくれるような感覚。益々、フール様への理解が深まっていく。
「慈善活動に協力してくれた方に、どうしても再会したいんです」
『途方もなく苦労しそうな話だけど、わかったよ』
フール様はそこで、私が伝えたいことをようやく理解してくれた。
『弟子の願いだからね。約束通り、その願いを叶えられるように努力するよ』
フール様がおっしゃった通り、城に従事している人の数が多すぎる。
悪夢を探すのにも苦労を伴うくらいだから、慈善活動に参加していた恩人さんを見つけるのも相当な苦労が付きまとう。
城で働けばなんとかなるという話ではないことに気づいた私は、ほんの少しのズルをして恩人さんとの再会ルートを縮めてみた。
『慈善活動の参加者に礼を伝えに行くのが、エルミーユの夢なんだね』
「…………え、どうしてそれを……」
『下働きが明日食べるものに困っていることくらい、姉を見て知っているから』
私は、フール様に恩人の話をしたことがない。
お金が有り余っているポルダ家の人間が、アルバーノ様の恵みを受けていたことに申し訳なさと恥ずかしさを抱く。
(でも、あの一杯に私は救われた……)
罪悪感を抱くのではなく、未来のための投資と考えたい。
私が魔法使いとして多額のお金を手にできるようになったら、多くの恵みを贈る側になる。
お金を循環させる日のことを夢見ながら、窓向こうの景色しか映してくれない窓硝子を見つめる。
「本当に……魔法使いとは、意地悪な存在ですね」
『エルミーユ?』
私からフール様の表情を見ることはできないけれど、フール様から私の表情は見ることができるのか。
いちいち問いかける暇もないからこそ、すべてを見知っているかのような生き方をするフール様がほんの少し憎たらしい。
「心を読む魔法は存在しなくても、心を汲んでくださる方が多すぎ……」
俯きかけた顔を青く澄み切った空へと向けようと試みた、そのときだった。
(……イシルお義姉様?)
ふと見つめた廊下の先に、イシルが一人でどこかに向かう様子が目に入った。
いくら城の中は安全とはいえ、アルバーノ様の妻になる予定のイシルが一人で行動しているのが気になった。
ポルダ家は財があると言っても、四六時中護衛が付いていたわけではない。
四六時中護衛が付いて回る今の生活が嫌になったから、自分の時間を満喫している最中なのかもしれない。
(でも、たまたま見かけるなんてこと……あるのかな……)
私が清掃業をしているタイミングと、イシルが通りかかるタイミングが重なる。
(普段なら、きっと気にしない)
でも、悪夢が絡んでいるかもしれないと考えるだけで、偶然が呼び込むすべての現象に不自然さを抱く。




