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第2話「同士」

悪夢(ナイトメア)は人を呪うことで生きることができる。人がいるところを好むはずだよ』

「集まる人が多ければ多いほど、悪夢との遭遇率が上がる……といっても、城の中はフール様が調査されていますよね?」


 私たちの会話を聞かれることがないように、窓に息を吹きかけるフリをしながら私はフール様と言葉を交わしていく。


『調査はしていたけど、成果がゼロだからこそエルミーユとの出会いを画策した』

「フール様、情報が欲しいとおっしゃっていましたからね……」


 ひそひそ声で話すことの難しさを感じているのに、フール様の声の大きさはいつもと変わらない。

 周囲に気を遣わずに声を発することができる師匠のことを、ほんの少し狡いと思ってしまう。


「上手く悪夢を、おびき寄せることができたらいいのですが……」


 声の大きさの悩みを抱えているのは自分だけというところが非常に憎いけれど、こうしてフール様と言葉を交わすことで心が癒されていくのを感じてしまうから文句も言えなくなってしまう。


「私を襲ってきた女性……私の髪を欲しいと言っていましたよね」

『エルミーユの美貌に、嫉妬したんだと思うよ』


 魔法使い様は、お世辞が上手いですね。

 そんな冗談を返している余裕はなく、私の容姿が整っているのは産みの母の血筋が強い。


「悪夢は、人間の後ろ向きの思考に惹きつけられるということですか?」

「確証はないけど、そんな気配は感じてる」

「なるほど……」


 舞台役者になれそうなくらい容姿に優れているのなら、政略結婚という案もあったかもしれない。

 けど、父が選んだ娘の未来は下働きに従事させること。

 下働きの私に、顔目当てで近づいてくる貴族も男性も存在しななかった。


「……イシルお義姉様は、どうでしょうか」


 イシルお義姉様は、負の感情に支配されていると言っても過言ではない。

 悪夢が寄りつくのなら、彼女が悪夢にとって最適な環境のような気がした。


『アルバーノ様とイシル様が出会ったのは、つい最近のことだよね』

「あー、そうでした……」


 アルバーノ様に異変が生じた時期と、イシルが出会いを果たした時期が違うことを指摘されて頭を抱える。


『いい線だとは思うけど……むしろイシル様の豹変っぷりは、エルミーユのお父様を呪った悪夢の可能性の方が高いかな』


 窓硝子に映る自分の表情を見て、随分と冷たい瞳をしているなと他人事のようなことを思った。


『いつか必ず、エルミーユの人生を狂わせた悪夢を見つけたい』


 表情を確認することのできないフール様は、強く言葉を言い切った。


『……お父様を放置しておくと、どんどんエルミーユのことを忘れていく』

「私はポルダ家を出た人間です。血の繋がりがある娘のことなんて、さっさと忘れてもらいたいと思っています」


 父の言葉の、どれがホンモノでどれがニセモノの言葉なのか。

 判断できなくなったのは、当然と言われれば当然だったということ。


(私が知っている、お父様は……もう……)


 無理に本心ではない優しさを押しつけられるくらいなら、突き放された方が別れのときに楽で助かった。

 私の手を解いてくれた父には感謝するけど、その現実は想像していたよりずっと重かった。


「家族は、必要なものですか」


 静けさに包まれた屋敷で、私はとんでもない言葉を吐き捨てた。


「私は、ポルダ家を出た人間です。自分一人でお金を稼いで、誰にも迷惑をかけなければ、家族がどうなろうと関係な……」

『家族が原因で、エルミーユ以外に虐げられる人が現れても?』


 私の言葉は、最後まで言い切ることができなかった。


『本当にエルミーユは、自分を大切にしない人だね』


 窓硝子にフール様の顔は映し出されていないのに、彼が柔らかく微笑んでくれるのが分かる。

 それだけ穏やかな声が、私の聴覚を揺らしていく。


『他人を出されたら、何がなんでも悪夢を退治しなきゃって思えてくるかな』


 まだ出会って数えられるほどの時間しか経っていないのに、彼はエルミーユ・ポルダという人間のことをよくご存じだった。


「帰りたくない。戻りたくない。でも、私は、家族のことを、ずっと忘れられない……」


 長い間、家族から虐げられてきた。

 家族に仕返ししたいという気持ちが生まれるほど、自分は強くも賢くもなかった。だから私は、ポルダ家から出ることを選択した。


『帰らなくてもいい。戻らなくてもいい。忘れなくてもいい』


 少しの沈黙が流れたあと、フール様の落ち着いた声が響いた。


『エルミーユが幸せに生きるために、悪夢の脅威を取り除く』


 やっと、肩の力を抜くことができた。


『それくらいのことは、許してもらえるかな』


 そして、やっと深く息を吐き出すことができた。


「フール様も、いつかは……いつかは……」

『そうだったね、僕たちは同士だった』


 高貴なる魔法使い様と、家族から虐げられてきた私に共通項なんてあるわけないと思っていた。


「家族を失った、同士ですね」

『自分のことよりも、他人を優先するところもかな』


 いつまで経っても、フール様の表情が硝子窓に浮かび上がることはない。

 相変わらず声ばかりが聞こえてくるけど、彼が柔らかく微笑んでくれたような気がした。

 その、気がするという感覚が、私たちの絆をより強化なものにしてくれる。

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