第5話「師匠」
「フール様っ」
扉が大きく開かれる。
衛兵に抓み出されることもなく、フール様は自らの足で大広間を出てきた。
「エルミーユ……」
「事情は察しました。お供します」
弟子というのは、師匠に似てくるものなのかもしれない。
私はフール様の答えも待たずに、先の展開を自ら決めていく。
勝手に先の展開を考える弟子なんて破門されても可笑しくはないのに、フール様はそんな私の態度に不機嫌にはならないでいてくれた。
(絆や甘え……そんなものが、私たちの間にはあるのかもしれない)
そんな風に、自惚れた。
だから私は、魔法使い様の返事も聞かずに、自分の手で未来を選んだ。
「戻ってくださいと言いたいのですが……フール様は、戻るつもりありませんよね」
「僕のことを、よく理解してくれてありがとう」
アルバーノ様に仕えていた魔法使いが、世界に災いをもたらしていた。
そんな根も葉もない噂が出回るには、ほんの少し時間がかかるらしい。
私たちは噂が出回る短い間だけでも言葉を交わすために、都市の外れにある宿屋へと身を寄せた。
「フール様は、アルバーノ様の命を守るという使命を授かっているんですよ」
サリアムではないけれど、少しも抵抗しようとしない魔法使い様へと強めの声を向ける。
「聞こえているから、少し落ち着いて」
「フール様。ちゃんと聞こえているのなら、抵抗という言葉を覚えてください」
「……うん」
「私が付いている限り、フール様は無敵ですから」
まだ、魔法使いの弟子になって数えられるほどの時間しか経過していない。
それなのに、お師匠様に説教する弟子というのはどうなのか。
私が説教を喰らう側になってしまいそうだけど、私は言葉を紡ぐことをやめたくなかった。
「こう見えて、弟子なりにフール様のことを心配しています」
「ありがとう、エルミーユ」
「日頃の鬱憤も、愚痴に小言に悩みに、独り言も、弟子の私に打ち明けた方がいいと思います」
頭の中では、自分のやるべきことは分かっているつもり。
それでも、それらを行動に移すことができないのは、どこかで私は自分にはまだ力が無いと諦めてしまっているから。
幸福な物語の終わりを迎えることなんてできないと、自分の力を疑ってかかっているからなのかもしれない。
「エルミーユ?」
物語の結末は変わらないと、何度も何度も嘆いてきたからかもしれない。
お父様が悪夢の呪いを受けてからの日々があまりにも長すぎて、私には諦めぐせというものがついているのかもしれない。
「無理はいけないよ。大丈夫じゃないときは、ちゃんと声をかけて」
聴覚が、フール様の優しい声を拾う。
ただそれだけで、心が温まってくるのを感じる。
私はフール様に温もりを与えることができないのに、お師匠様は私に温もりを届けてくれる。
「弟子に無理をさせるなんて、師匠失格だね」
「フール様は、いつだって私の傍にいてくれるじゃないですか」
どんな言葉を向けても、フール様の心を満たすことはできない。
そんな自分が嫌になりそうになると、木製の椅子に腰かけていたフール様が立ち上がって私の傍へと寄る。
何をするつもりなのかと溢れ出しそうな涙を抑え込みながら視線を上に向けると、まだ溢れていない涙を拭われた。
「え、あ……大丈夫です! 目が潤んでいるのは、埃が目に入っただけで……」
「今日は、風が強から」
「すみません、気を遣わせてしまって……」
フール様の指から、フール様の熱を感じる。
無力な自分には慣れてきたはずだけど、味わう恐怖にはまだ心が追いついていない。
今にも止まっていた涙が溢れてきそうになるけれど、フール様が伝えてくれる熱を感じるからこそ気を引き締める。
「ありがとうございます、フール様」
泣くつもりなんてないのに、涙を流しそうな自分がいることに愕然としている。
愕然という言葉が自分の心境に合っているのかさえ、よく分かっていないけれど。
過去の無力な自分を引きずっている私は、弱すぎるのかもしれない。
「礼を言いたいのは、こちらの方だよ」
「できる弟子に感謝してください」
「それだけの軽口が叩ければ、十分そうだね」
師匠に気を遣わせるなんて、弟子としてまだまだだと思う。
師匠と弟子という関係すら破綻していたけれど、私はこの師匠と弟子という関係にこだわった。
私は師匠に守ってもらわなければいけないほど弱い子ではないと、言葉だけでも見栄を張っていきたいと思った。
「さあ、お手を」
「フール様?」
手を差し出して、もう何も怖いことは起こらないと思わせる柔らかな笑顔。
それらすべての仕草は、やっぱり彼が私を救うために現れた王子様的存在だということを気づかせてくれる。
「弟子を守るのは、師匠の役割だから」
「って、転移魔法は禁止ですよ!」
「僕はエルミーユを突き放すほど、冷酷にはなれないみたいだ」
フール様の手を取った瞬間に転移魔法を使って、私をどこか悪夢の脅威が届かない場所へと転移させるつもりなのかと不安になった。
でも、そんな心配が現実になることはなかった。




