第3話「笑顔」
「ほらほら、ほっぺがとろけちゃうようなお菓子の数々だよ~」
「リノン、あなたはもっと栄養価を考えた食べ物を用意しなさい」
サリアムの心遣いが嬉しくて、私は勤務医のリノンが過ごす医務室でお昼休憩を取らせてもらった。リノンが用意してくれた木製の椅子に遠慮なくお邪魔する。
「エルミーユは、甘い物が大好きだよね?」
「大好きです」
「だから、今はお昼の時間だと……」
温もりを共有する。
優しさを分けてもらえる。
両親でもないのに、その役割を果たしてくれるサリアムとリノンはやっぱり凄い人だと思う。
自分を支えてくれる人がいるだけで、凄く心が温まるのを感じる。
「まるで、物語の世界みたいですね」
「あっ、お菓子の家だよね! 行ってみたいよねぇ、お菓子の家っ」
「お待たせしました」
「あっ、サリアム、ありがとうっ」
良い香りが運ばれてきたと思ったら、そこには魔法の力を使って器用にティータイムの準備を整えていくサリエルの姿があった。
「サリアムも魔法が……」
「私ができるのは、これくらいのことですね。戦争が起きたときに、真っ先に駆り出されるなんてまっぴらごめんですから」
「だよねー、人間は人間らしく生きたいよねぇ」
テーブルの上に、紅茶や耳なしのサンドイッチ。一口サイズにカットされた種類豊富なケーキたち。
煌びやかな色彩に目を奪われていると、サリアムとリノンが嬉しそうに私を見つめている様子が視界に映る。
「ではでは、エルミーユと出会えたことを祝して……」
乾杯。
紅茶が注がれたティーカップを掲げて、これからティータイムが始まるという挨拶を交わす。
「こんなに穏やかな時間、随分と久しぶりの気がします」
「良かった~、エルミーユに喜んでもらえて何よりだよっ」
医務室に病人はいないため、この場には私たちしかない。
三人だけの特別な空間でもあるけれど、この場は私のために用意してくれたんだなってことが伝わってくる。
私のためっていう特別感は、更に口の中を幸福なものへと変えてくれる。
(悪夢が活動してる中でも、こんなにも穏やかな時間が存在する……)
基本的に、世界は平和。
悪夢が呪いたい人間だけが平和を生きられなくて、大抵の人たちは悪夢に影響を与えられることはない。
(この平和を守るために、魔法使い様が手を貸してくれている)
魔法を使い始めたばかりの私でも、魔法使い様のためになることがしたい。
そんな決意を胸に刻んで、用意いただいた軽食に手をつけようとしたときのことだった。
「無理って、身体には良くないんだけどね」
リノンが自分の口角に人差し指を置いて、上へと引き上げる。
「無理にでも元気を出したいときは、無理にでも口角を上げちゃえばいいの」
「医師らしからぬ発言ですね」
リノンの言葉を受けたサリアムが睨みを利かせるけれど、リノンは自分の発言に間違いは何ひとつない。
自分の発言に自信を持ちながら、不自然なほどに口角を上げていく。
「ふふっ」
可愛らしいリノンの顔が崩れていくのに笑いを堪えきれなかった。
この場で笑いを溢すのは失礼だったと表情を改めようとすると、二人は私を見て自然と口角を上げてくれた。
「私は、無理に笑えとは言いませんけどね」
話を円滑に進めていくために用意されたティータイムは、私に明日を生きるための勇気を与えてくれる。
悪夢との戦いに、怯んではいられないという覚悟を決めさせてくれる。
「ね、またお茶会しようよ」
「今日は、たまたま病人がいないだけでしょう」
「医院じゃないんだから、そんなに急病人は来ませんよ~」
「あなたは、本当に勤務医なのですか」
勝手に、距離を縮めていいかなんて分からなかった。
まだ出会って間もない仲なのに、そんなに図々しく接しても大丈夫なのかなって不安だった。
「エルミーユは?」
「え、私ですか?」
戸惑う。
どうしたらいいのか、どう答えを返したらいいのか、分からない。
「エルミーユの中に、エルミーユの話したい言葉が眠ってるなら、それを解放してほしいと思うんだよね」
こんなにも簡単に、人との距離を縮めても良いものなのか。
いきなり仲良くすることを許し合う流れになるのか分からなかったけど、その分からない流れを不快に思うことはできない。
「ダメ?」
「ダメとかではなく……」
素直に、嬉しいって言葉にすればいい。
世界を生きる人口の数を考えると、そもそも出会うことのできない人の方が圧倒的に多い。
一生をかけても、出会うことができる人とできない人がいる。
それなのに私は、こんなにも親切にしてくれる方々と巡り合うことができた。
奇跡と呼びたくなるほどの出来事が起きていて、心臓の音が忙しなく働く。
(凄く恵まれているからこそ……)
どうしたらいいか分からない。
私が言葉を返すことで、二人は逆に困り果ててしまうかもしれない。




