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第1話「悪夢(ナイトメア)」

(私は、魔法使いフール様の弟子)


 香ばしいパンの香りや、果物の甘い香りが漂う街。

 活気に満ち溢れていて、人々を不安に陥れるような影が迫っているなんて微塵も感じない。


「髪……」


 降り注ぐ太陽の光に体を温めてもらっていると、背後から女の人の陰鬱そうな声が聞こえてくる。


「切りたいな……」


 世界は美しいほどの光に包まれているのに、私の体温だけは急激に下がり始める。

 みんなは太陽の光に体を温めてもらうことができるのに、私だけは恐怖で寒さすら感じてしまう。


「あなたの髪……切りたいな……」


 女性特有の甲高い声が、聞こえてくる。

 でも、振り返ることができない。

 足も竦んでしまって、声の主から逃げ出すこともできない。


(これが、フール様が対峙しているものの正体……)


 逃げ切ることはできなくても、相手を日陰に連れ込まないといけない。

 足を鼓舞させながら、なるべき人気のないところを求める。

 平和な世界に、呪いなんて禍々しい非日常を残してはいけない。


「私の髪の毛を切ったところで、あなたは満たされません」


 狭い路地に身を潜め、敵をおびき寄せることに成功した。


「そんなことないわ。世の中、美しいものには需要がある。私はあなたの美貌を得て幸せになるの」

「人を呪うことでしか生きられないなんて、お可哀想に」


 声が震える。

 足にも力が入っていない。


「好きなだけ呪ってください」


 それでも、私はフール様を支えるために魔法の力を振るう。

 悪夢(ナイトメア)の呪いから、民を守るために魔法使いの弟子になると決めた。


「licoverghe」


杖を振るって、私に声をかけてきた女性に眩い光を投げ打つ。

 私が魔法を使えると思ってもいなかった女性は突然の光に耐え切れず、急いで自分の掌で眼を覆った。


(これが、戦うために使う魔法……)


 家事をこなす程度の魔法は、杖や魔法で力を補強する必要がない。

 でも、命を守るためには強大な魔法の力が必要。

 私は怯むことなく杖を(かざ)して、女性が元の平和な世界に戻れるようにと祈りを込める。


「lipraghtyer」


 光の加減が調整できない私は、私を襲ってきた女性と同じく目を伏せてしまった。

 光で覆われた世界を美しいと思ったのは束の間の出来事で、実際は光が集まりすぎると目が痛いということに初めて気づく。


「伏せてっ!」


 真っ暗になってしまった視界の中で思うのは、さっきまで見ていた光溢れる世界へと戻りたいということ。


「snocoverw」


 次に、瞼が上へと上がる頃。

 世界は、美しすぎる白銀の世界で埋め尽くされていた。

 私の視界に映る世界を、どういう風にたとえていいのか分からない。

 氷で覆い尽くされていくという非日常に、女の人が刃物を突きつけてきたことなんて忘れてしまいそうになる。


「光魔法を気に入ってくれたのは伝わったけど、光魔法に執着しすぎかな」


 お師匠様の声が聞こえてくる。

 私の師匠であるフール様の声が近づいてくると、先ほどまで見ていた氷と雪で覆われていた世界は一瞬にして姿を消した。


「大丈夫だった?」


 もう一度見てみたいという願望が生まれてくるほど美しかった、あの世界。

 何かの魔法にかけられたかのように姿形残さず消えてしまって、光を取り込んだ私の視界に映るのは煌く太陽と青い空。


「あの……守ってくれて、ありがとうございました……」


 この世界には、悪夢と呼ばれる存在がいる。

 悪夢は、人々に呪いをもたらすことで生きることができる生命体の名。

 呪いの種類は、千差万別。

 血の繋がりがある娘への愛情を父親から奪う。

 顔を認識できなくさせる。

 これが、私の家族とアルバーノ様へともたらされた呪い。


「大丈夫じゃないときは、大丈夫じゃないと言ってもいいんだよ」

「……慣れっこなので」


 物語の中では、幸福な結末を迎えることができたかもしれない。

 でも、現実は違う。

 現実が優しくできていなことも、現実が幸福な結末で終わらないことも、私はよく知っている。


「それより……その人は大丈夫ですか?」


 意識を失った女の人は、石畳で形成されている路上で安らかな寝息を立てていた。 


「うん、もう元の平穏な毎日を送ることができるよ」

「良かったです」


 繰り返し、繰り返し、命を危険に晒す。

 これらを繰り返すことで、死への恐怖が薄らぐのかなと思ったときもある。

 でも、実際は違った。

 もっと、もっと生きてみたいって願うようになるんだってことを私は知っていく。


「これらを繰り返して、いつかアルバーノ様に呪いをかけた悪夢と遭遇するのを待つんですね」

「エルミーユのお父様に呪いをかけた悪夢も、だよ」

「……ありがとうございます」


 なんとなく、太陽みたいな男性だと思った。

 混じりけのない綺麗な彼の銀色の髪の毛が揺れ動き、今日も世界を駆け抜ける風が止んでいないことを確認する。

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