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灰かぶりは王子様の手ではなく、魔法使いの弟子を選びました  作者: 海坂依里
第3章「灰かぶりと魔法使いの弟子」
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第6話「弟子」

「ちょっと待ってください。今、《《父》》とおっしゃいましたよね……?」

「はい、さきほどまでお会いしていた職人は、僕の父です」


 何かが可笑しい。

 何もかもが可笑しい。

 いろんな表現ができるけど、この場を支配しているものの正体を私は言葉にしなければいけない。


「今までの会話が、他人同士のものに感じるのは私だけでしょうか……」


 他人と口にするのすら躊躇ってしまうほど、口の中が乾いていくのが止められない。


「エルミーユの父上のように?」

「私の父……?」


 フール様の言葉を受けて、私は同じような事象を経験していることを思い出す。

 ある日、突然、血の繋がりのある父が他人のように冷たくなっていた日のことを。

 父が再婚をした日をきっかけに、父は私のことを視界に入れてくれなくなった日のことを。


「って、こんな似たような事象が続くわけがありません! まるで……記憶を失ったかのような……」


 顔を上げることにすら勇気を必要としてしまいそうになったけれど、私は覚悟を決めてフール様と視線を交えた。


「エルミーユの言葉は的を射ている。記憶を失ったという言葉も正しくて、子どもへの愛情を失ったというのも正しい」


 いろいろなことが明るみになっているはずなのに、隣を歩くフール様は穏やかな笑みを失っていなかった。


「フール様と、似たような家庭を持つ私に近づいた」

「そういうことだね」

「……始めから、私を弟子にするつもりはなかったということですか」

「エルミーユに近づくための方便かな」


 勝手に、突き放されたような感覚を受けた。

 でも、フール様は私を突き放してなんかいない。

 私が森のような造りのラクトセルで迷子にならないように、今もしっかりと手を繋いでくれる。


「でも、エルミーユを幸せにしたい気持ち。姉を助けてくれた優しさへのお返しがしたいという気持ちは本物」


 伝わる熱の温度に高さに、私は騙されているのかもしれない。


(でも、でも、でも……)


 繋いだ手の温かさに絆されて、すべての言葉を信じたくなってしまう。


「エルミーユが大切という気持ちに、嘘偽りはひとつもない」


 ただ、フール様のお姉様を助けただけ。

 それが、こんなにも大きな幸せを得ることに繋がるなんて思ってもみなかった。

 小さな親切が、こんなにも大きな出会いに繋がるなんて考えてもいなかった。


「エルミーユの人生を、魔法使いとして大切に想ってる」


 魔法使いとして。

 その言葉が、私の心に突き刺さった。


「エルミーユがちゃんと、この世界を生きていけるように動いていくから……」

「待ってください! それ以上、言われると……本当……泣きそうにな……」


 泣きたくなっているのは、一気にフール様との距離が遠ざかったから?

 本当に泣きたくなっているのは、フール様の言葉を信じることができたから?


「ここで、涙を促してあげられる人間になれたら良かったんだけど」


 繋いだ手が、解かれる。

 溢れ出しそうな涙を、懸命に背伸びをして私の身長に追いつこうとするフール様の人差し指が拭ってくれる。

 木漏れ日が差し込む優しい世界で、私たちは二人きりの世界を形成していく。


「物語に出てくる魔法使いになれなくて、ごめんね」

「いつ人が来るのかも分からないのに、涙を見せるわけにはいきません」

「強いね、エルミーユは」

「泣くことに疲れてしまっただけのことです」


 ラクトセルは多くの職人が住んでいることから、多くの観光客が訪れる。

 それなのに、たとえ一瞬だけのかけがえのない時間だとしても、私たちは二人きりになることができた。

 それを奇跡と呼ぶのか、偶然と呼ぶのか。

 誰も答えは知らないだろうけど、穏やかに差し込んでくる光が奇跡を生んでくれたんじゃないかと思ってしまう。


「泣きたいときに力を貸すことができなくて、本当にごめん」

「っ、謝るなんて狡いです」


 フール様が謝ったところで、私の物語が変化を見せるわけではないけれど。

 フール様の謝罪の言葉が、私の物語を最高の結末を迎えさせてくれるわけではないけれど。それでも私は、物語の世界を作り上げてくれたフール様にお礼がしたい。


「この世界で、何が起きているのか教えてください」

「知らなくてもいいことだよ。知らなくても、エルミーユは生きていくことができる」

「巻き込むために、私に近づいたのでは?」

「こう見えて、巻き込まないように近づいたつもりなんだけどね」


 これは、こんなにも残酷な物語でした。

 私の人生が物語になることはないけれど、いつか私の人生を語り継ぐ機会があったときに、そんな言葉から始まらないように。


「私は、魔法使いフール様の一番弟子ですよ」


 みんなが幸せになれなかった物語なんて、後世には残さない。


「ありがとう、エルミーユ」


 この物語が、どうか最高の終わり(ハッピーエンド)を迎えられるように。

 見守ることしかできない最悪の主人公()だけど、せめて物語の登場人物(魔法使い様)に寄り添う人間でありたいと思う。


(幸せな結末を迎えられるように、私はフール様の力になりたい)


 そう、思っているから。

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