第1話「外出」
窓向こうの世界では、月と星が夜空を彩るために輝きを放っていた。
ポルダ家の倉庫暮らしでは、月明かりと星明かりだけが私の友達だった。
久しぶりに、友達に愚痴を溢したい。
そんな想いに駆られるけれど、そんなことをしている場合じゃないって友達が背を押してくれる。
(まだ何も習得していないのに、破門になるかもしれない……)
アルバーノ様に仕えている人々が使用する専用の出入り口へと向かう。
扉に手をかけ、外に出ようとしたタイミングで奇跡は起きた。
「え」
「え」
魔法使い様が中に戻ろうとしたタイミングと、私が外に出ようとするタイミングが重なった。
扉に手をかけたのが同時だったため、私たちの手は重なり合う。
「申し訳ございません!」
「あ、いや、僕は……」
外から人が入ってくると思わなかった私。
中から人が出てくると思わなかった魔法使い様。
手が重なり合ったのは一瞬の出来事だったけれど、互いの熱に触れたことと判断した私たちは急いで扉から手を離した。
「え、ちょっ、待って! エルミーユ?」
二人で同時に扉から手を離してしまったら、当然、扉は閉まってしまう。
私は閉じられた扉の向こう側から、待ち合わせ時間に遅れたことを謝罪する。
なんて無礼な、と思わなくもない。
でも、私には、扉に手をかけて城の外へ出る勇気が湧いてこない。
「エルミーユ? どうかした?」
魔法使い様は扉に手をかけ、私を城の中から外へ連れ出そうとする。
一方の私は扉を開けられないように、必死に扉を押さえる。
「あの……その……」
魔法使い様と一緒に外出することは、私が心待ちにしていたこと。
今日の夜が訪れることを、誰よりも楽しみにしていた。
それは事実だけど、私にはどうしても外に出られない事情がある。
「エルミーユ」
魔法使い様はズルをして、魔法の力を使って扉をこじ開けるということはしてこない。でも、男の人の力には敵わない。
(負けた……)
扉を押し返す私の力よりも、扉を開こうとする魔法使い様の力の方が圧倒的に強かった。
「体を隠していたら、いつまで経っても出発できないよ?」
諦めて扉を押さえることをやめようと思ったら、魔法使い様は無理に私を外へ連れ出すことをやめて扉から手を離した。
魔法使い様は、私が自然に出てきてくれるのを待つことを選んでくれた。
「本当は用意していたんです……」
扉を無理に開かれることがないと察し、その場へと屈みこんで自分の体を隠すように体を丸める。
「お師匠様と、お出かけする服を……」
扉が、ゆっくりと開かれる。
思い切った力ではない。
私の様子を確認するために、ほんの少し扉が開かれる。
「人間だから、隠したいことや秘密にしたいことの一つや二つあると思う」
目線と高さを合わせるために、魔法使い様は私と一緒になって、その場へと屈みこんだ。
「だから、無理はしないで……」
「無理は、していません……」
扉の隙間から、魔法使い様と目線を合わせる。
「お師匠様の隣を歩くのに、身分不相応な恰好だったら……どうしようかと……」
だんだんと、声が弱くなっていく。
立ち上がった魔法使い様はゆっくりと扉を開き、私の姿を見て笑顔を浮かべてくれた。
「可愛く着飾ってくれて、ありがとう」
「っ」
魔法使い様に笑顔を向けられてしまった私は根負けし、魔法使い様の手を取って立ち上がった。
「言葉にならないくらい、美味しいかな?」
魔法使いが箒で空を飛んで移動したのは昔の話らしい。
私たちは定番の移動手段である馬車に揺られながら、機械化による農畜産業が盛んな街リデアロッサナを訪れた。
「美味しいです!」
「お口に合ったようで何より」
リデアロッサナは魔法の力に頼っておらず、自分たちの手と機械の技術を融合させるために勤しんでいる街として有名だった。
町民たちの人気が高い食堂で、私と魔法使い様は夕食に舌鼓を打っていた。
「幼い頃にいただいたスープの味に似ている気がします」
「喜んでもらえたなら、僕も嬉しいよ」
テーブルには魚と野菜の煮込み料理とパンが並べられていて、二人で楽しく食事を進めていく。
「それにしても、あんなに出入り口で粘っていた方とは思えないね」
「美味しいご飯は、生きる糧ですから」
イシルが切り裂いただろう衣服を持って、私は使用人たちが使っている食堂へと駆け込んだ。
『針仕事が得意な方はいらっしゃいませんか』
使用人たちの視線を、一気に集めた瞬間だった。
私の元には針仕事が得意な人たちが集まり、いらない布地を持ってきてくれる人もいて、切り裂かれた衣服は見事に着られるものへと変化を遂げていった。
「言ってくれれば、そのお召し物。魔法でなんとかすることもできたのに」
「お師匠様に、頼ってばかりなのも申し訳なくて……」
「魔法使いは利用した方が、得だと思うけどなぁ」
「それはできません。魔法は、崇高なるものですから」
マカロニにチーズを絡めた料理を、うさぎ型の機械人形が運んでくる。
それを丁寧にテーブルの上へ並べていくものだから、魔法の力どころか人の力も必要なくなる時代がやってくるのかななんて妄想が働いてしまう。




