第5話「壊れる」
「申し訳ございません! イシル様の機嫌を損ねるようなことを……」
「医務室に行きなさい」
頭を深く下げて謝罪をしたけれど、サリアムから返ってきた言葉が想定していたものと違ったために頭を上げた。
「メイドも人間です。怪我や火傷をしていたら仕事になりません」
「……ありがとうございます」
「フール様の弟子であられるのに、どうしてメイドの道へ進んだのか理解不能です」
「より多くのお金が欲しい。ただ、それだけのことです」
サリアムは私の発言を受けて驚く様子も見せずに、私と真正面から向き合ってくれた。
だから私は逃げも隠れもせず、真っすぐな視線をサリアムに向ける。
「私は生きていくためにお金が欲しい。だから、働く時間が長いことが、私にとってのちょうどいい暮らしです」
サリアムがかけている眼鏡が鋭く光ったような気もするけれど、太陽が差し込まない場所では気のせいだと思って挨拶を済ませる。
サリアムに一礼した私は急いで、この場から立ち去った。
(お金があれば、幸せになることができる〉
慈善活動に関心のあるアルバーノ様が、貧しい平民に向けて食料の配給を施してくれたことを私は忘れない。
私にスープを分け与えてくれた誰かがいてくれたからこそ、今の私が存在する。
(お金があれば、他人を助けることもできるから)
医務室までやって来ると、勤務医のリノンが私を受け入れてくれた。
リノンの髪色は物語に出てくるような鮮やかな桃色が特徴的で、その髪色を見ているだけで気持ちが晴れやかになってくのを感じる。
ただし、体はゆっくり休めることができなさそうな派手派手しさも兼ね備えている。
「サリアムからの伝言。午後は休暇を与えます!」
リノンは自分の容姿と真逆な容姿をしているサリアムの物真似をしながら、私を楽しませてくれた。
「だって」
朗らかな笑みが、とても可愛らしくて一気に彼女への好感度が高まってしまう。
「医務室のベッド使っていいよ」
「いえ、自分の部屋に戻りま……」
「自分の部屋で休むと、いつイシル様の襲撃に遭うかわからないからね」
物騒なことを爽やかな笑顔を浮かべながら述べてくるリノン。
その通りだと思ってしまった私は、お言葉に甘えて医務室のベッドの上で仮眠を取らせてもらった。
(医務室のベッドも、ふかふか……)
古びた薬棚が並び、棚の上には様々な薬瓶や包帯が整然と並べられている。
治癒魔法が滅びつつあるという現実を受け入れながら、私は深い眠りの世界へと陥った。
(って)
お金持ちが使うベッドというものは、どうしてこんなにも寝心地がいいのか。
城で働く人たちにまで優しすぎるアルバーノ様を今回ばかりは恨みたくなるほど、今の私は足を急がせていた。
(寝過ぎた……)
医務室から、自分のために用意された部屋へと急いで向かう。
(なんで、こんなに寝心地が良すぎるの……?)
どんなに急いでいても、廊下を全力で走ることはできない。
誰かにぶつかる危険を回避するために駆け足気味で移動するけど、その姿は周囲からすると滑稽に見えるのかもしれない。
(お師匠様との約束の時間……)
ポルダ家では、倉庫に用意された硬くて寝心地の悪いベッドの上で体を休めていた。
そのときの硬さを思い出すだけで、アルバーノ様が多くの使用人たちに優しさを振りまいていることを実感できる。
「はぁ、はぁ」
ようやく、自分の部屋が見えてくるところまでやって来た。
扉の前で深呼吸する。
別に部屋の中で待っている人なんていないけれど、アルバーノ様の城で働いているという慎ましやかさを表現したい私は呼吸を整える。
そして、急いで部屋に繋がる扉を開いた。
「…………」
部屋の中で待っている人はいなかった。
けれど、部屋の中は荒らされている。
魔法使い様との外出に着ていく予定だった衣服が切り裂かれて、部屋の中へ投げ捨てられている光景が衝撃的だった。
(泥棒でもなんでもなくて……これは……)
犯人は分かっていても、恐る恐る自分の部屋を確認する。
(イシルお義姉様の仕業……)
金目のものは一切持ち込んでいないため、被害に遭ったのは衣服だけだと確認できた瞬間。
がしゃん、ぱりんと言った表現が相応しい音が聴覚に届いた。
私が、何かを踏んだ音。
「っ」
粉々になったガラスの靴。
自分の体重で粉々になったのではなく、故意に粉々にされたと分かってしまうほどガラスの靴は残酷な姿で見つかった。




