第4話「姉」
「僕は下働きの姉を持つ平民。ポルダ家を出たとはいえ、実際はエルミーユの方が身分は上になるよ」
私の緊張を解きほぐすための言葉を口にしてくれる魔法使い様。
一方の私は、不安や戸惑いが入り混じったような表情をしているだろうなってことを察してしまう。
(私たちは、出会ったときから正反対)
魔法使い様は心を読む魔法を使うことができるのか、複雑な気持ちを抱いている私にすら気づいてくれる。そして、魔法使い様は私に優しく笑いかけてくれた。
「親睦を深めるために、今日の仕事終わりに外出でもしようか」
「外出……」
「ははっ、喜びが顔に表れて、いい感じだね」
「あ……お恥ずかしいところをお見せしました……」
外出という言葉に、心を高鳴らせる。
下働きには外に出る時間的な余裕も金銭的な余裕もなかったため、アルバーノ様の城に勤めるだけで生活が変わっていくことに喜びが抑えきれなくなる。
「あ、でも、アルバーノ様の護衛は……」
「魔法使いにも休暇くらいはあるよ。行きたい場所や食べたい物があったら考えておいて」
私に、小指を差し出してくる魔法使い様。
約束を交わすための小指だと気づき、私は照れながら魔法使い様の小指に自身の小指を絡めて約束を交わす。
「楽しみにしています」
「うん、いい表情だ」
言葉を交わし終える頃には、自然と穏やかな笑みを浮かべることができるようになった。
(……にしても)
でも、穏やかという言葉は、そう長くは続かないことを私はよく知っている。
四六時中、魔法使いの弟子としての活動を行うわけでもない私は今日も城の清掃業に従事する。
(終わらない……)
メイド服を着ながら、城の窓硝子掃除を行う。
それは私にとっての日常であり、それが私の心を落ち着かせる要因にはなるものの、終わりが見えてこない清掃作業に溜め息は尽きない。
(それだけ、相当な資産があるということ……)
城の清掃業に従事しているのは私だけではない。
何十人もの人たちが、アルバーノ様が快適に暮らすために働いている。
終わりの見えない清掃業は、アルバーノ様が暮らす場所が広大すぎる城だということを訴えかけてくる。
(イシルお義姉様は、アルバーノ様の正妻になる……)
休めていた手を動かし、再び窓拭きに取りかかる。
(お義姉様が、幸せになれるといいけど……〉
いくらポルダ家が貴族の家系とはいっても、アルバーノ様とは財力の違いがありすぎる。
いきなり大きく生活が変わる姉のことを心配していると、メイド長のサリアムが足を急がせながら私の元までやって来た。
「エルミーユ! イシル様がお呼びです!」
アルバーノ様の正妻候補となったイシルのために用意された華美な部屋を訪れると、私はイシルの身の回りの世話を任された。
(私の顔なんて、見たくもないはずなのに)
イシルに用意された部屋には厚い絨毯が敷かれていて、足音は素込まれていってしまう。
部屋の中央には煌びやかで大きなシャンデリアが吊り下げられ、その眩い光が部屋全体を照らしていく。
「でね、この指輪も、このネックレスも」
下働きの頃は清掃業が主な仕事で、身分の高い方の身の回りの世話なんてしたこともない。
それでも、幼い頃に世話係が私にやってくれたことを思い出しながら、イシルの機嫌を損ねないように努めた。
「ぜ~んぶアルバーノ様に買ってもらったの」
イシルは自分の指にはめられた指輪や、自分の首にかけられたネックレスを自慢げに見せびらかす。
「いいでしょ? いいでしょ? 羨ましいでしょ?」
「とてもお似合いです」
感情を露わにしないように、淡々と言葉を返す。
椅子に腰かけるイシルの髪を梳かして、髪飾りで可愛く飾りつけていく。
「ねぇー」
「はい」
完璧に業務をこなせていると自信に変えてしまったことが、イシルの機嫌を損ねてしまったのかもしれない。
「私のこと馬鹿にして楽しい?」
イシルは腕組みをしながら、鼻先で笑った。
明らかに心を開いていない態度を向けられ、私は思わず唇を噛み締めた。
「イシル様、私は……」
「あんたって」
イシルは、近くに置かれているテーブルの上のティーカップを手に取った。
「いっつもそうだよね!」
紅茶の入ったティーカップ丸ごと、私に投げつけてくるイシル。
ティーカップから飛び出した紅茶は、私の髪とメイド服を明るい透明感の色味で汚していく。それでも私は、イシルの逆鱗に触れないように冷静を貫く。
「私とお姉様のことを見下して……最悪! 最低! あんたのことなんて大嫌いっ! 顔も見たくないっ!」
「イシル様」
「っ、さっさと出て行きなさ……」
「火傷は大丈夫ですか」
撥ねた紅茶が、姉に不快な想いをさせていないか気遣う。
「うるさい! うるさい! うるさいっ!」
でも、その気遣いも、姉には届いてくれなかった。
(いつも怒らせてばかり……)
紅茶で汚れた部分を隠しながら、廊下を歩く。
アルバーノ様への来客に、こんなみっともない姿を晒すわけにはいかない。
まるで泥棒のように、こそこそと城の中をさ迷いながら自分の部屋を目指す。
(いつも、お姉様とは上手くやれない……)
メイド長のサリアムが、廊下の向こうから歩いてくるのが見えた。
曲がり角を探して姿を隠そうとしたが、サリアムに見つかってしまう方が早かった。




