第3話「ガラスの靴」
「エルミーユ、こちらですよ」
魔法使い様の名前は、フールということが判明して数日。
私はなんの苦労もなくポルダ家から出ることになり、アルバーノ様が住んでいる城で住み込みのメイドとして働かせてもらえることになった。
ポルダ家を出るとき、両親と一番上の義理の姉は私を見送ってはくれなかった。
私は最後の最後まで、家族の輪の外へと追いやられていたのだと思い知る。
「こちらを使いなさい」
真新しいメイド服を用意してもらい、メイド長のサリアムに部屋を案内してもらう。
用意された部屋に案内されると、まるで夢のような空間が広がっていることに言葉を失ってしまう。
「温度管理の魔法が機能する部屋……」
「住み込みで働く者は、皆がこのような造りの部屋に住んでいます」
倉庫での生活が長かったため、あまりにも整いすぎた部屋に衝撃を受ける。
「アルバーノ様のために、誠心誠意、働いてください」
「かしこまりました」
長い黒髪を緩やかに流し、眼鏡の向こうに見える紫色の瞳。
冷たさと優しさを同時に感じるという不思議な感覚を受けながら、メイド長サリアムの威厳ある態度に気合いを入れ直す。
「それでは、今日からよろしくお願いいたします」
私が抱える緊張を見破ったサリアムは、世間話をして場の空気を和ませることもなく部屋から出て行った。
(これが、下働きじゃなくなるってこと……)
部屋の中を歩くことすら恐れ多いと思いながらも、今日からこの部屋が自分の部屋になると思うと自然と笑みが浮かんでくる。
家から持ってきたガラスの靴を鞄の中から取り出し、窓際にガラスの靴を飾る。
(仕事の内容は下働きと変わらないのに、雇用主が変わるだけで扱いも呼び名も変わる)
太陽の光を浴びるガラスの靴は、きらきらと光り輝けることを喜んでいるようにも見えた。
ガラスの靴が煌く姿に満足感を抱くけれど、頭の片隅で考えることもある。
(下働きの人たちは、今日も元気にやっているかな……)
下働きは劣悪な環境下で働かされるとはいっても、健康な体がなければ働き続けることはできない。
体を酷使させるような職場はないと見聞きしていても、一緒に働いてきた人たちのことはどうしても心配になる。
「エルミーユ」
扉がとんとんとノックされ、魔法使い様が姿を見せた。
「お師匠様!」
「そんな大層な呼び名で呼ばれる日が来るなんてね」
そっと自分の口角が上がっているかどうか自分の指で確認して、私よりもだいぶ幼く見える身長の魔法使い様を出迎えた。
「……そのガラスの靴」
「ガラスの靴は、魔法で召喚されたものではないのですね」
部屋に入って、まずガラスの靴の存在に目を向けてくれたことが嬉しかった。
魔法使い様の、お目が高すぎて感動さえ覚えてしまう。
「消えることなく残っていたので、ここに持ってきてしまいました」
「あとで、片方の靴を持ってくるね」
一瞬だけ目を伏せ、浅い溜め息を吐き出す魔法使い様。
何かを懐かしむような表情で、魔法使い様は希望の言葉をくれた。
「いただけるのですか?」
「エルミーユ様に大切にしてもらった方が、ガラスの靴も喜んでくれると思う」
なぜか私は魔法使い様に、《《様》》をつけて呼ばれてしまった。
「エルミーユ様?」
「あ……私はもうポルダ家の人間ではないので、様づけは……」
「どちらが、お好み?」
様呼びされる選択肢が残されているなんて思ってもいなかった。
けれど、魔法使い様は私を、大切な弟子として扱ってくれていることが伝わってきたことを嬉しく思った。
「名前を呼んでもらえるのなら……それで……」
随分と自信のなさげな声に笑ってしまいそうになるけど、名前を呼んでももらえない下働きとしての毎日から脱却できていないのだから仕方がない。
私にとって名を呼ばれることは、とんでもなく贅沢で価値あること。
だから、そんな願いを託しても叶えてもらえるのか不安になってしまう。
「では、エルミーユ」
「はいっ!」
名前を呼ばれたことが、あまりにも嬉しすぎて声が大きくなってしまった。
まるで子どもが返事をするときのような元気さを返してしまったため、魔法使い様は私の姿がよほど滑稽だったのか口角を上げながら笑いを堪えていた。
「あの……本当にガラスの靴をいただいても……」
「遠慮しないでいいよ。師匠から弟子への贈り物って、捉えてもらえれば」
「ありがとうございます」
魔法使い様の気持ちをありがたく受け取り、窓際できらきらと光り輝くガラスの靴へと目を向ける。
魔法使い様と私を繋ぐ唯一さえあれば、これから先どんなことが待ち受けていても乗り越えられそうな気がする。
「私は魔法使いの弟子というものが、どういうものなのか理解していないと思います」
過去への想いを断ち切るように首を振り、魔法使い様と向き合う。
エルミーユ・ポルダは、滅んだ。
これから先、私は自分だけの物語を綴っていく。
「なので、ご指導ご鞭撻のほど……」
「ふふっ、はは……」
「魔法使い様?」
「いや、失礼」
笑いを堪えきれない様子の魔法使い様だったけど、本当に失礼だと感じているのか急いで呼吸を整えた。
「そんなにかしこまらないで」
「そういうわけにはいきません。貴族が召し抱えている魔法使いは、とても力ある方だとお見受けしています」
ポルダ家も随分と栄えた名家だとは思うけれど、魔法使いを召し抱えるほどの財力はない。
それだけ滅びゆく魔法は貴重とされており、その魔法を操ることのできる魔法使いの価値も高騰しているということ。




