トラック親父、悪役令嬢の転生を阻止する
転生物ではよく、トラックに引かれますが、実際、引いてしまった側はどうなんだろう? と思って浮かんだ物語です。
「おっさんのせいで、もう、お嫁にいけない~!」
真夜中の国道で、女の子がしゃがみこみ泣きわめいてる。
ライトで照らすと、その子の制服は汚れ、脛から一筋、血が流れている。
「責任とれよ、おっさん!!」
責任!? 俺がこいつに何をしたってーんだ!?
「おっさんが邪魔したせいで、悪役令嬢に転生できなくなったじゃないか!」
いつものようにトラックを走らせていたら、こいつがいきなり飛び出してきた。
危うくひくところを、俺の華麗なハンドル捌きで回避。
他のやつならひいてただろう。
俺だったから、こいつは助かったんだぞ。
「おじさん、ありがと♪ お礼にアタシの初エッチ、ア・ゲ・ル」
「はははは、それは、俺みたいな中年オヤジにやるもんじゃない。大事に取っておきな」
……ぐらいの役得はあってもいい展開……三十男の妄想すぎるか。
どちらにしろ、すべきことは決まってる。
110番だ。
絶対にバックレてはいけない。ひき逃げは、相手が軽傷でも罪は軽くない。
俺の感触だと、こいつはトラックに接触してない。自分で勝手に転んだ。
ただ、怪我してるのは間違いない。救急車を呼んでもらえるならそれがいい。
が、俺がスマホを取り出した途端、そいつは俺の腕にしがみついた。
「やめろー!! 通報するなー!!」
「お前、怪我してるだろ! 救急車呼ぶんだよ」
「やだ、お願い。お願い。おじさん、警察だけは呼ばないで~」
今度はしおらしく泣き落としときた。
いつまでも泣き止まないので、俺はとうとう降参した。
病院に連れていこうとしても嫌がるので、水で濡らしたタオルを渡し、自分で拭かせた。常備している薬箱から消毒液とガーゼを取り出し、手当させる。
少し歩かせたが、脚を引きずる様子もない。転んで擦りむいただけのようだ。
俺が配送予定の営業所に遅れるとメール入れるだけで「やめて~!!」と騒ぎ大変だった。
「後で病院に行くんだぞ」と念を押し、近くのファミレスに入る。
ドリンクバーで、女の子が好きそうなピーチジュースを入れた。
「おじさん、ありがと」と、しゅんとうなだれてる。
なんだ、ちゃんと礼、言えるんだな。
「お前、何で死のうとしたんだ」
「違うよ! 悪役令嬢に転生するつもりだったんだ」
俺の趣味ではないが、深夜アニメでやってるあれか?
「トラックにひかれると、悪役令嬢に転生できるんだ。最初、王子さまから婚約破棄されるけど、前世の記憶でスキル発動し、王子さまもヒロインもざまぁして、隣の帝国のお妃になるんだ」
あー、えーと、そのー、なんだ……
「それはアニメの話だろ?」
「アニメじゃないよ。私、アニメ化されるとイメージ崩れるから、見ないんだ」
そーいう問題じゃない。
「中学生なら、現実とマンガの区別つくだろ」
「中学じゃないよ。高校だよ」
一部のマニアはJCとJKの違いを熱心に語りJCの方が人気あるが、俺からすれば区別つかない。
俺はロリコン趣味じゃない。高校生なら三年生、十八歳以上の方が犯罪にならないから……違うか。
「でもさ、親は毒親で、クラスじゃカースト底辺だし……じゃあ、転生悪役令嬢狙うっての、アリだよね」
「毒親?」
「昔は母親、優しかったんだけど、私が中学受験失敗してから、口、聞いてくれない」
それは間違いなく毒親だ。
「今の学校もランク微妙なのに、私、勉強もスポーツもゲームもコミュ力もいまいちで、趣味もないし、それにマジブスだし」
ブスとは思わんが、後はフォローしようがない。
こんなとき、気の効いたことを俺は言えない。
再度、営業所に遅れるとメールし、女子高生を家まで送ることにした。
「やだよ。おじさんとこに置いて。私、何でもするから」
おお! ついに役得展開か!
が、このまま連れて帰るのは犯罪だ。
「俺に必要なのは、女子高生じゃない。パソコンや経理できる大人だ」
台詞だけならイケメンだ。
「おじさんって、JKとやりたいんじゃないの?」
役得展開すぎる。
「お前、悪役令嬢に転生して、お妃さまになりたいんだろ?」
「悪役令嬢じゃなくても、モブでもいいよ」
「でも、せっかく転生しても、前世で好きでもない親父とやったら、スキル発動できないんじゃないか?」
お、女子高生、ちょっと、俺を尊敬の目で見てない?
「現世で目一杯スキル高めて百歳まで生きて、それから転生した方が最強じゃねえ?」
「やだよぉ、ばばあになるまで生きたくないよぉ」
お前。
勉強やスポーツは知らないが、笑うと、メチャクチャかわいいぞ。
俺は、覚悟して彼女を家まで送り届ける。
毒親だろうが、親には違いない。
真夜中に、見知らぬ三十歳すぎのおっさんと一緒。
怒鳴られるならマシ、殴られるか、警察呼ばれるか……。
チャイムを鳴らしたがかなり待たされる。ようやく出てきた母親らしい中年女は、寝ぼけまなこだ。
「夜遅く、すみません。お嬢さんが道で怪我したので、こちらまで送りました」
直角に頭を下げた。ここは愁傷にするしかない。
俺は、母親の攻撃を覚悟した。
が、その中年女は、俺をちょっと睨んだけで娘を向いた。
「また、パパ活? ほどほどにしなさい」
女はそれだけ言い捨てると、奥に引っ込んでいった。
「お母さん、すごい強烈でしょ?」
女子高生が笑ってる。溢れんばかりの涙を堪えながら。
「おじさん!!」
彼女がしがみついてきた。
「私、パパ活なんてしてない!! 彼氏いたことないし、エッチだってチューだってしたことない! 信じて! ねえ、信じてよお!!」
ここまで来ると、役得というより拷問だ。
「お前、もっと勉強しろ」
もっと勉強しろ。男のことを。
三十男なんて、中身はお前の隣の席のやりたい盛りのガキと一緒なんだぞ。
それに、俺はもう、何年も女とご無沙汰だぞ。
「私、経理もパソコンも勉強する。そしたら、おじさんを手伝うよ」
「お前が一人前になったら、面接してやるよ」
俺はいつまでも泣き止まないその子の頭を、ポンポンと撫でてやった。すごいぞ俺。よく耐えてる。
大丈夫だ。ちゃんと勉強すれば、こんな零細企業じゃない、もっとすごい大企業に行きたくなる。
そのころになれば、変なおじさんのことなど忘れるはずだ。
配送先で遅延についてこってり叱られ、会社に戻る。いつの間にか朝だ。
同業者に電話を入れた。
「最近、風見峠あたりで事故増えたりとかないか? 俺、昨日、うっかり、ひきそうになってよ」
「へえ、社長もですか~、うちもです。SNSで怪しいパワースポットってことで拡散し、若い子が集まってるみたいですよ」
「ヤバいな。事故らないよう組合に注意喚起だな」
女子高生には、事務所の連絡先を伝えておいた。
連絡がなければそれでいい。あれば、できる限り話を聞いてやる。
俺は俺でできることをするだけだ。
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とある南の王国。
「陛下、一大事です!! 王太子殿下の婚約者にふさわしい家柄の令嬢が見つかりません!!」
宰相は青ざめて王に訴えた。
「なぜか名家には男子ばかり生まれ、女子が誕生しません! これでは王家が途絶えてしまいます」
が、国王は面倒くさそうに手を振った。
「あー、それね、大丈夫。せがれはうちのメイドとデキてるから。子供でもできれば、踏ん切りつくだろ」
「陛下~。王妃が平民では示しがつきません。ま、ましてや、結婚前に子供なんて……」
「いまどき貴族だの婚約者だの流行らないよ。デキ婚するぐらいの方が庶民ウケするでしょ」
やがて国王の予想通り王子はメイドと結婚。三か月後に姫が誕生し、みな祝福した。
同じように、北の王子は祭りで出会った踊り子と、東の王子はバツイチ子連れの女医と結婚。
西の王子は学生時代の親友と結婚したが、相手が同性とのことで、ちょっとした騒ぎになる。が、今の時代にむしろふさわしいと、国民は歓迎した。
これも造物主様のお陰と、だれもが偉大なる神に感謝を捧げた。
が、当の造物主は、怒ってた。
せっかく転生悪役令嬢ざまぁ設定用意したのに、誰も転生してこないじゃない~~!!
今や恋愛結婚なんて時代遅れ!
愛のない結婚から愛に目覚めるツンデレ設定がおいしいのに~なぜ、民はわかってくれないの?
西王子がBLしてくれたのだけがおいしかったけど、普通に健全さわやかカップルなんだもの、萌えない~!!
誰よ、転生邪魔してるのは……ふふふ、わかったわ、お前ね……お前を何とかすれば……。
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あの事故多発スポットは、俺たちの注意もあり、あれから一度も事故は起きてない。
女子高生は、週に一度、アルバイトに来るようになった。
ときどき母親への不満をこぼすので聞いてやる。
高校出たら雇えとうるさいが、先生に相談しろと俺は断ってる。
営業所へ出かけようとしたら、彼女が俺に声かけてきた。
「おじさん気をつけてね。この前、マンホール踏んだら、すっぽぬけて落ちそうになったでしょ」
怪しいスポットの事故は減った。
が、気のせいか、最近、俺の周りでヤバい事故が起きている。
鉄骨が落ちてきたり、トラックにひかれそうになったり、シャレにならない。
念には念を入れて、一度、お祓いしてもらおう。
まだまだ俺は死ぬわけにいかない。
だって、こいつは百歳まで生きるから、転生するのは八十年後。
来世のこいつに会うために、当分の間、俺は死ねない。
俺のスキルを生かすなら、王宮に農地から野菜を届ける運搬人だな。
妃になったこいつに「荷運びご苦労である」なーんて言われてみたいじゃないか。
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