第14話 王宮武芸大会1回戦②
王宮武芸大会の競技場。
顔面に飛び散った鮮血をぬぐう間もなく、タルクは急いで身を伏せた。敵のまわし蹴りが肩口を掠め、また、新たな傷をタルクに作る。
その膝につけた防具、そして、今は靴のつま先からも、鋭い刃が飛び出している。
「ククッ、このざっくり肉が裂ける感触がたまらないのよね」
アイゼルネ・メイデンの引きつった笑いに、場内は騒然となった。
「あの女、全部の防具に刃を仕込んでやがる」
幸い目をつぶされはしなかったが、額と肩にかなり深い傷をつけられた。自分の長剣には鉄鞭がからみつき、使い物になりそうもない。タルクは憎憎しげに目前の敵を睨めつけた。
“鉄の処女”
鞭使いなんかじゃない。
やっとその名の由来がわかってきた。”鉄の処女”は、吸血女カーミラの拷問機の名……結局、どの戦いでも、相手を切り刻んで血祭りにあげてきたんだろ。
* *
「スピード勝負じゃ、タルクは相当分が悪い。でも、あのまま切り刻まれ続けるなんて見ちゃいられない。けど、手なんか出したら、後でタルクにぶん殴られそうだ」
ジャンは不安げに、リュカに目をやる。だが、
「避けようと思うから勝負が長引く。タルクだって分かっているはず」
リュカは戸惑う様子もない。
* *
「今度はどこを狙って欲しい? 喉? それとも心臓?」
アイゼルネは、観客にアピールするように腰に手をあてポーズを決める。そして、防具に仕込んだ刃の封印をすべて解き放った。
指、手の甲、肘、膝、踵、そしてつま先。
おい、危険すぎるだろ。あれで飛び掛りでもされちゃ、ひとたまりもないじゃないか。
タルクの額に汗が流れた。
「俺は痛いのは苦手なんだ」
閉口したように”敵”に向かって言う。
「なら、もう終りにしてあげる。ただし、相当痛い思いはするわよっ」
しゃあっ!
残酷な笑いを浮かべながらアイゼルネが地を蹴った。鉄の刃をタルクに向けて飛びかかるその姿は、爪をたてたコウモリが獲物を狙って滑空してくるのに似ていた。
「でもなっ、攻撃を避けるのは、もっと苦手なんだよっ!」
タルクは突然、下りてくるアイゼルネの右足に太い腕を伸ばした。刃があろうとなかろうと関係あるもんか。手が傷つくのもかまわず、彼女の足をむずと握り締める。
「えっ?」
「結末は俺がつけてやるぜ! 吸血女っ!」
タルクの手からほとばしった鮮血が空中に帯を描いた。その軌道をなぞるように、タルクに掴まれたままのアイゼルネの体が弧を描く。
轟く大響音。
次の瞬間、
勝負は終わった。
そして、競技場の地面に思いきり叩きつけられ、気絶している女の体を救護班の担架がそそくさと運びだしていった。
「大入道! よくやったっ!」
興奮した観客がタルクの元に集まってくる。血だらけの肩や腕を遠慮なしにばんばんと叩く奴もいる。
「畜生! 痛ぇんだ。触るなっ」
邪魔なやじ馬たちを引きはがしながら、ジャンもタルクに駆けよってきた。
「タルクっ、大丈夫か!」
「ジャンか。何が武芸大会だ、後味悪いったらないぞ。あんなのは、ただ下司な見世物だ。俺はもっとまともな勝負がしたいんだ」
その時、護衛官の一人がタルクに歩み寄ってきた。
「おい、お前、王妃がお呼びだ。すぐにバルコニーの下まで来い」
「俺?」
「先ほどの勝負にいたく感銘されたそうで、褒美を授けたいそうだ」
「そりゃ、有り難いが、ちょっと待ってくれよ。こんな血まみれの姿じゃ失礼だろうが」
「王妃は今すぐと言っておられる」
有無をいわさぬ護衛官の態度に、タルクはため息をつく。しょうがないとばかりにリュカからタオルを受け取り、額の血をぬぐうと、肩口の傷にそれをぐるぐると巻きつけた。
傷の手当てもさせてくれないのかよ。とんでもない人でなしばかりか。ここの王族は。
「タルク、いいのか?」
不安そうなジャンにタルクは軽く手をあげる。
「ちょっと、行ってくる。下手に断ったりしたら、またややこしいことになりそうだ」
* *
「あなた、素晴らしかったわ」
王宮のバルコニーから、タルクを身を乗り出した王妃が猫なで声で話しかけてくる。
主人公が違っていれば、ロミオとジュリエットを思い起こすようなシーンなのだが……
げ、えらくケバイ女だな。
タルクは、心と裏腹に真摯な態度で頭を垂れる。
「お褒めにあずかり光栄でございます」
王妃はタルクの血の滲んだ額を見て、かるく舌なめずりをした。そして、右手をバルコニーから差し出すと、その紫に染めた指先をタルクに向ける。
「これは、あなたの勇士に授ける私からの心ばかりの品よ。受けとるがいいわ」
王妃の指からぽとりと落とされた品を、タルクはあわてて受けとめる。
指輪か……
中央に陣取ったルビー、それを支える、えらくごたごたした金の台座。王妃に負けないくらい派手な造り。相当、高価な物なのだろうが、タルクは思わず苦い笑いを浮べた。
「あり難き幸せ……」
金になる分、有りがたき幸せ。とっととこんな指輪は売っ払っちまおう。
そんな考えを浮べながら、深く下げた頭をあげた時、タルクの背筋にぞっと悪寒が走った。
捕らえた獲物を見つめるように爛々と輝く、その眼差し。
真っ赤な唇は、不自然に口角が上がり今にも、大きく裂けてしまいそうだ。
この王妃……普通じゃない。
「晩餐会の後に城門の裏で待っている。あなたが気に入ったわ」
小声で囁く王妃に一瞥を送り軽く会釈してから、タルクは王宮にくるりと背を向けた。
気分が悪かった。たまらない嫌悪感。
そういえば、エターナル城の城門をくぐって時間が経つほど、その感は強まっていたのだ。




